百一夜の夢の後〜一夜〜-2
「もう、……二度として会えんせんのは、わかっておりんす。なれど、あの方に……わちきのこの櫛一つ、いつか夫婦になるお方に贈って差し上げてくれんせんか、と。託して下さいんせ。そして――どうか幸せに、と」
姐さんの涙一筋が、日の光にきらめいて、それは私の胸に刺さった。
客に夢は与えれど、遊女が夢を貰えることはないのだ。
――どんなに好いてどんなに焦がれても、私は遊女。
――売り物なのだ。
そう今も涙が胸に刺さっているのやもしれない。
そしてあちきには、自身の身代金だけでなく、病に倒れた母の身代金もある。
簡単に花街から落籍できる身分ではない。
花街きっての花魁となり僅かずつではあるが、身代金を返してはいる。
日々を重ねる毎に身請けしたいと仰られる旦那方は多けれど、……あの身請け金では中々に無理だろう、とは、わかっている。
それにあちきは今でも諦めきれないのだ。
夢のように、――私が乞い求められ、愛せる人を待っている。
そしてその人もあちきを好いてくれることを。
叶うことのない未来だと知っているから、叶うことのない夢だからこそ――人は諦められないのだろうか。
諦めて生きてはゆけぬほどにその思いはあちきを、この清らか誠のない欲にまみれた目の中で、胸を張らせるから。
だから、どうか叶えて欲しいと我が儘は言わない。
ただ夢持つことひとつ、許してくださいんせ。
「竜さん、竜さん。起きてくださいんせ」
「牡丹……まだ少し夢を見ていたかった。お前の夢だったと言うのに」
「竜さんの花代は尽きんしたからねぃ……あちきの夢を見るのには、もう少し花代を重ねて下さいんせん…なァ」
「花魁はねだるのが上手いな……だが今日は生憎懐が足りない。すまんな。また次だが……そう引っ付くな、後ろ髪引かれる」
「竜さん…そんな簡単に離れられるほど、あちきを恋しく思いんせんか?」
つぅ、っと体を起こした竜さんにしなだれ、着物の合わせ目から股をちらと見せる。
勝負はここから。
いかに自分を安く見せず相手から戴くか。