旅立ち-1
苦しい・・・・
愛情と向き合うことをしなかった僕は、最愛の人をこれ以上ないやり方で傷つけたのだ。
中学高校の6年間、僕、勇斗は生活の全てをサッカーに捧げていた。高校ではサッカー部専用の寮に入り、朝から夜遅くまで、休日さえも栄光を夢見てボールを蹴り続けていた。そして、最後の大会で納得のいく結果を残し、僕は新しい世界を求めて都会の大学に進んでいた。
都会の生活は、僕の生活を一変させた。寡黙にボールを追うことしか知らず、私服はジャージしか持たなかった僕も、いつしか都会の街に溶け込み、華やかな女性と臆せず話しができるようになっていた。僕は、増え続ける友達とともに華やかな女性達を伴い、大学の講義の合間を縫って色々なサークルに顔を出し、夜は飲み会、週末は毎週のように海や山に繰り出していた。そして、何人かの女性と大人の関係を持つようになっていた。その日初めて出会い、一日を一緒に過ごした女性と夜を共にすることも少なくなかった。相手の女性たちも、その日だけの関係を楽しんでいるようだった。
そんなある日、僕は飲み会で絵里と出会った。絵里は、友達に無理に誘われたのか、会話の輪の外で静かに佇んでいた。絵里は瞳が大きく人目を引く美しさを持っていた。男たちはそんな絵里を会話に引き込もうと果敢に誘いを掛けたが、誰も絵里の固いガードを破ることは出来なかった。
僕は絵里が気になっていた。やましい気持ちではなく、楽しい日々を絵里にも知ってもらいたいと本気で思っていた。二次会へ行かずに一人で帰るという絵里を、僕は送って行くことにした。
「絵里ちゃん。帰るなら途中まで一緒に帰ろう。」
「一人で大丈夫ですから・・・・」
「まあ、そう言わずにさ。」
「合コンとか苦手みたいだね?」
「あまり男の人と話したことがないから・・・・」
「話すと面白いやつらだよ。皆と海とかバーベキューとか楽しいよ。今後、一緒に行かない?」
「暑いのは苦手です。」
「そっかあ。もの静かな感じだものね。」
僕は、他愛もない話で絵里との会話を繋ぎ、美術品を見るのが好きだという絵里に美術館を案内してもらう約束を取り付けた。
待ち合わせの日、僕は、いち早く待ち合わせ場所に向かった。夏の日差しが眩しかった。
午前中に美術館を見たあと、僕二人で昼食を共にする約束だった。
絵里は、落ち着いた色合いのシンプルなドレスで現われた。大きめの麦藁帽子がよく似合っていた。そして、僕を見つけると涼しげに微笑んだ。
僕は、絵里に見とれていた。落ち着いた装いが、女性をこれほど引き立たせるとは知らなかった。静かで涼しげな絵里の姿は、まるで映画のワンシーンのようだった。
「どうしたの?」
「ごめん。ごめん。ボーっとしちゃったね?」
僕は、一瞬のときめきに戸惑いながらも、気持ちを切り替え絵里と歩き出した。
「美術館って始めてなんだ。」
「え、本当に?」
「うん。ずっとサッカーやっていて、高校の最後の大会が終わるまで、遊園地に行ったこともなかったんだ。だから今日は、本当に楽しみなんだ。」
僕は、高校を卒業するまで世間を知らずにいただけに、機会があればどんな分野も経験し、吸収したいと思っていた。