カコミライ (2)バカな男-1
有名なカフェと言えど、平日な上にランチタイムから外れていれば、店内の人気は疎らだ。おかげで初めて入る店でも、すぐに彼女を見つけることが出来た。
ログハウスをイメージした木の香りが心地よい店内で、テーブル席に座る彼女は、いつか見た写真よりずっと綺麗。
ずっと近くて、でも遠い人が今ようやく目の前にいる。
「こんにちは」
近寄り声を掛けると、伏せられていた彼女の瞳が二、三度瞬く。
「あぁ、そっか」と何か納得したように小さく呟いて、それから口元を緩ませた。
「こんにちは」
交わした挨拶は電話と同じで凛とした声。そんな当たり前のことで、私の緊張は高まってしまう。
ちらり、彼女を窺う。
艶のある黒髪を肩に流す彼女。少し明るめの髪を巻いた私。重ね着をしていても、バランスの良い体のラインが分かる彼女。なるべくスタイルをよく見せようと無理して薄着をした私。
何だか全てが大違い。
街には雪がちらついて、最低気温を記録した今日。私だけが気張っているみたいでなんだか滑稽だ。惨めな気持ちが心に湧いた。
「ねぇ」
「あっ、はい」
「飲み物何にする?あと食べ物も。ここのランチは美味しいけど、中途半端な時間だしお腹空いてないなら、チーズケーキがお薦めね」
椅子に腰掛けるなり矢継ぎ早にぽんぽんと飛び出す言葉に、私は面食らってしまう。
おかしい。彼女はどうしてこんなにフレンドリーに接してくるのだろう。少なくとも、私達はこんな会話をするほどの関係ではない筈なのに。
「はい、メニュー」
「あ、はい。ありがとうございます」
私の戸惑う様子など気にもとめず、開かれたメニュー表が眼前にずいと寄せられた。
おずおずと見始めたメニュー表には、雑誌にも掲載されたという紹介文と共に写真の載ったチーズケーキもある。キツネ色をして色合いもよく確かに美味しそうだった。
「じゃあ、そのチーズケーキと…ミルクティーを」
「了解。美味しいから、楽しみにしててね」
そのまま嬉しそうに店員を呼び掛けて注文を終えると、彼女は私に向き直った。黒々とした瞳の持つ力強さに、私は射抜かれたみたいに彼女を釘付けになる。
「高科美嘉よ」
一体、何を言うのか。どんなに詰られようとも、一言一句逃さないつもりだったのに、開かれた口から発せられたのは自己紹介だった。思わず強張った肩の力が抜けていく。