カコミライ (2)バカな男-6
「香子ちゃん」
心に染みるような柔らかな呼び掛けに、とうとう堰を切ったように涙が止まらなくなってしまった。鼻先がつんとして、呼吸が苦しい。温かいものが頬を幾重にも伝っては、真っ白なシーツに染み込んでいく。
海が困ってる。早く涙を止めなくちゃ。意思に反して涙は益々零れ出す。滲んだ視界で、眉を下げた海だけがやけに鮮明に映った。
「ん、ごめっ……だいじょうぶだから」
「大丈夫には見えないよ。今日はもうやめよ。無理せず早く休もう」
優しい声と共に、大きな掌が頭に落ちてくる。ガシガシと動く掌は乱雑で、けれど一生懸命であることは伝わる。
撫でないでよ。優しくしないでよ。もっと好きになっちゃうよ。海は知らないだろうけど、私は海と美嘉さんの関係を乱そうとしたんだよ。声を掛けたのだって違う理由なんだよ。
‘バカな男’
私は海を蔑んだ。
そうする事でしか、自分を守れなかった。これはせめてもの抵抗なのだ。海を否定することで、自分を保とうとしている。私は弱い。
私はもう一度だけ呟いた。きっと海には届かない。声なき声で、繰り返す。
‘バカな男’
続