カコミライ (2)バカな男-5
「……海、やめないで」
「でも、なんでそんな泣きそうな」
「お願いだからやめないで」
自分の発した声の弱さがにわかに信じがたい。それ程に消え入りそうな声だった。
私の懇願に負けて、おずおずと海の舌が再び耳の中にねじ込まれる。
―――熱い。
触れた瞬間に何もかもを溶かしてしまいそうな程熱く、けれど心惹かれてやまない熱がそこにはあった。
本当は気づいていた。耳に触れる舌は生温くないことに。
その熱が欲しかった。
首筋でも、耳でも、他のどこでもない。
―――私の唇に。
海への思いに愛情という名を付けるのに足りなかったのは、これだったのかもしれない。
唇を重ねて、舌を絡めて、咥内をめちゃくちゃに乱して欲しい。海の熱と、私の熱を溶かし合いたい。そんな欲望を、無意識のままに求めていた。
あの日、海の電話に出たのも、心の奥底に秘めていた願いがそうさせたのだ。
電話がきっかけで私達の中が発覚して海と美嘉さんが別れるかもしれない。海が私のことを見てくれるかもしれない。
(美嘉さんこれが質問の答えです)
あの時、伝えることが出来なかった答えを記憶に残る後ろ姿に投げかける。あの時言えなかったのは、きっと理解していたからだ。
海の唇も舌も心も、全部美嘉さんのもの。
だからこそ、ずっと秘めて気付かない振りをしていた。それなのに私は自覚してしまった。きっと熱に浮かされてしまったのだ。
触れた耳から伝わる海の熱に。
「だ、大丈夫?」
一層慌てた海の声が耳に届く。堪えきれなくて目尻から零れた涙が、海の唇に触れたのかもしれない。
「ん、大丈夫。気にしないで」
「いや、でもさ」
「何でもないって」
突き放すような口調に、海は困ったように口を噤んでしまった。
だって、海は気づかない。
私が大声で好きと叫んでも。耳元で愛を囁いても。行かないでと必死で引き止めても。目の前の薄茶色した澄んだ瞳は、私を決して映さない。空気すら私達の間に入り込めないくらい密着しても、海には美嘉さんしか見えない。
決して報われない恋。恋心に気付いた瞬間に失恋確定なんて、虚しくなるだけ。
けれど、私はもう自覚してしまった。
私は海が好き。