カコミライ (2)バカな男-4
◆
海から連絡があったのは、それから二日後。
着信に気づいた時にはドキリと心臓が跳ねたけれど、電話口の海はいつも通りで。どうやら美嘉さんは海に何も伝えていないみたいだった。
『香子ちゃん、俺やっぱり駄目だった……』
電話越しに伝わるすっかり気落ちした声は、およそ成人男性とは思えない弱々しい。
「今夜空いてるなら、いつもの部屋に来る?」
『いつもごめん。着いたら連絡する』
「うん、じゃあね」
何度となく繰り返した通話を終え、手早く着替えと化粧を済ます。家を出る前に母に声を掛けた。
「お母さん、私出掛けてくる」
「また、あの部屋?」
「うん」
「ねぇ香子。あの部屋に行くのもいい加減に、」
「いってきます」
母の言葉を遮るように、私は足早に家を出た。きっと母は今頃、苦言から逃げる私に顔をしかめているだろう。母は私が今も尚、あの部屋へ定期的に足を運ぶことをよく思っていない。
これだって何度となく繰り返した会話。
いつもの部屋で海を待つ。
インターフォンが鳴り扉を開けると落ち込んだ様子の海がいた。うなだれた海を励ましながら、そこそこに行為になだれ込む。
もう何度となく繰り返した行為。
海の手が線をなぞるように私の体を撫でる。海の手は男らしい武骨な手だけれど、触れる時の手つきは酷く繊細だ。節立った指先からもたらされる快感に身を任せていれば、すぐに快楽の世界に溺れることが出来る。
けれど、今日に限っては体と心がちぐはぐに噛み合わず、生まれるのは違和感だけだった。
それはきっと、二日前から耳に残って離れない言葉の所為。
‘あなたはどうして海君の電話に出たの?’
抱き合いながら、ベッドに沈む。海が首筋に顔を埋めると同時に目を瞑る。暗闇に落ちた世界では、聴覚や触覚がより浮き彫りになった。
そう、それでいい。そのままでいい。今の私が感じる全てだけに酔いしればいい。
海の舌が動く。
首筋、耳朶、耳の中。
―――生ぬるくなんかない。
「ふぅっ、……っく、」
押し殺した声を逃がすと、漏れたのは嬌声ではなく泣き声だった。
「香子ちゃん?」
海の動きが止まった。
きっと急に泣き声を漏らした私に、戸惑っているのだろう。けれど目を開くことが出来なかった。瞼を押し上げた瞬間に、涙がとめどなく溢れてしまいそうだったからだ。