カコミライ (2)バカな男-2
「えっと……香子です」
「字はなんて書くの?」
「香る子でカコですけど」
「そっか。良い名前ね。今何やってるの?」
「働いてます」
「何の職業?」
「普通のOLみたいな感じです。って、なんか面接みたいですね」
ポツリ呟くと、彼女――美嘉さんは「確かに」と顔をほころばせた。
感じたことをそのままぼやいた訳ではない。これじゃまるで尋問みたい。そんな内心のぼやきなどおくびにも出さず、私も小さく微笑み返す。
「ごめんね、ずっと気になってたのよ。あなたのこと」
「お待たせしました」
タイミングが良いのか悪いのか。満面の笑みで店員が現れた。
目の前にチーズケーキとミルクティーがバランスよく並ぶ。色合いはメニュー表通り綺麗。けれど先ほどよりも、ちっとも美味しくなさそうに見えるのは、きっと今の発言の所為かもしれない。
「実は私、海君と香子さんの関係知ってたのよ」
店員の姿が消えると同時にさらりと告げられた事実。笑顔を崩さない美嘉さんに対して、私の思考は頭を強かに打ちつけたような衝撃に止まってしまった。
「……え、」
すぐに出るべき反応は、数秒程遅れてやってきた。
「海君が酔っ払って話すのよ」
「ぜ、全部ですか?」
「全部というか、そういう関係の女の子がいるってことだけ。ほら、海君って泣き上戸でしょう?」
小さく頷く。確かにそう。初めて声を掛けた時だって、初対面の私の前でだってボロボロ泣いていた。
「悪酔いするといつもそう。『自信がないんだ』『だから他の子を』『過去から進めない』こんなことを断片的に呟くの。そして最後はいつも、『ごめん』で終わる」
まるでパズルを埋めていくみたいでしょ、と美嘉さんは笑みを深めた。
この人はなんでこんなにも綺麗に笑うことが出来るんだろう。
「だから、知ってたのよ」
「だったらなんで……」
それ以上は続かなかった。
知っているなら、海に言えばいい。「もうその子と会わないで」と。そしたら海は私となんかすぐに会わなくなるだろうし、嫌悪感を抱いたとしたら別れる選択肢もある。
(なのになんで?)
頭に渦巻く疑問。動揺が伝わったのか、美嘉さんは私を見据え口を開いた。
「勿論知ってるでしょ?私の彼氏が死んだこと」
ティーカップを持つ手が揺れた。カチャ、と金属音が響き、波紋が広がっていく。ミルクティーにも私の心にも。