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「鬼と姫君」
【ファンタジー 恋愛小説】

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鬼―季節を待つとき―-3



男が一日の仕事を終え、家の近くまで辿り着くと、煮炊きをする白い煙が立ち上っていて、それが男を安心させた。


戸を開ければ、妻女が笑顔で迎えてくれるだろう。


薄がさらさらと音を立てる小道を足早に進む。


戸口で帰ったことを告げると、やはり男の妻がまろぶように出てきて、男の顔を見るやこれ以上ないほど嬉しそうに笑う。


家の中は暖かで、奥から夕餉の良い香りが漂っている。

「今日はいつもよりお帰りが遅かったので、少し不安に思っておりました」

女が碗に汁をよそいながら言う。
初めは散々だったが近頃は、料理の腕も身についてきた。

「珍しい薬草を見つけて深追いしてしまった」

男が背負ってきた籠の中には、なるほどいつもと少し変わった草がちらほらと入っている。

この若い夫婦が村に突然あらわれた時は、村人も遠巻きにしていたが、夫の作る薬が良く効くと評判になり、今では何とか溶け込んでいる。

これから寒い季節になると山へは入ることが出来ないので、男は初雪が降る前に熱冷ましの薬草だけでも潤沢に蓄えておきたいと考えていた。

風邪が流行するとこの薬が必要になる。
夫婦が年を越すための幾らかの掛かりも必要だ。
それに―。


今日採った草を部屋の中に干し、一息つくと男は寝支度にかかる。

床を延べたが、妻はまだ炉の側で縫い物をしている。

声をかけると女は微笑んだ。
まだあどけない顔に黒々とした吸い込まれそうに大きな眼。


―あの時と少しも変わらない、瞳で男を見つめるのだ。

それは今でも男の心をひどくかきみだす。


「鬼灯丸。そんなにじっと見つめられては落ち着きません」

女も同じ思いなのだろうか、恥じらうように困ったように言う。

妻の頬は以前より少しふっくらとした。
産着を縫っていた手を止めて、せり出した腹部を愛しそうに撫でる。



子ができたと告げられた時、男は驚いた。

自分も子を持つことが出来たのかと。


そして俄に怖くなった。


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