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カコミライ
【大人 恋愛小説】

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カコミライ (1)やな女-6

『駄目?』

 もう一度、そう問われれば「いいですけど」と電話と分かっていながらも頷くしかない。

 私の返事を受けて、彼女は満足げに話を進めていく。待ち合わせ場所はここら一帯では有名なカフェ。
 都合の付く日を問われて、いわれるままに私はスケジュール帳を取り出した。


 あぁもう、私はすっかりの彼女のペースに嵌ってしまった。


『じゃあ、三日後に。楽しみにしてるわね』

 そうして終わった通話に、手に持つ携帯電話を床に投げつけてしまおうかという衝動に駆られてしまう。勿論、携帯電話に罪などなく。柔らかいクシッションの上に放り投げるのが、せめてもの抵抗だった。
 きっと今頃、この携帯電話の本来の持ち主は何も知らずスヤスヤと眠りの世界を満喫しているに違いない。

 ボスンとクシッションに沈んだ携帯電話を眺めながら、息を吐いた。
 苛立ち、羨望、失意。すべての感情が入り混じったような熱い息。私の中からは出て行ってもこの部屋に残っている限り、永遠に消えることのない感情だ。


 彼女の声が耳から離れない。
 想像通りの声だった。だけど、初めての会話がこんなのだなんて想像もしていなかった。
 でも、それは仕方のないことかもしれない。
 一年半前だって、今日だって、一寸先の未来でさえも知り得ることは出来ない。その事実は変わらないのだから。


 不意に誰かの背中が脳裏に浮かび、無意識の内に腕を伸ばした。手は空を切るだけで、触れることが出来ないまま後ろ姿は霧散していく。あれは玄関を出るあの人の背中だ。
 目頭が熱くなる。何だか無性に泣きたくなってきた。


「帰ろ」

 今は何を考えようにも、上手く頭が回らない。考えることを放棄して、私は部屋の鍵を手に取った。戸締まりの為覗いた窓は、暖房と外気の温度差ですっかり白く曇っている。

 窓に指先を押し当てる。硬いガラスの痺れるような冷たさに、思わず一瞬指を離してしまう。数秒程置いて、今度はそっと触れてみる。


 キュキュッと音を立てながら滑る指先。爪先に雫を残しながら、窓に記した文字に満足げに頷いて、私は部屋を後にした。

 家に帰ったら、服を選ぼう。とびきりお洒落な格好で行ってやるんだから。


 外に出ると、目頭の熱はすっかり消えてしまった。残ったのは、指先の冷えた感覚と曇ったガラスに浮かぶ三つの文字。


‘やな女’




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