短く返信した-1
短く返信した
彼女のしなやかな髪を撫で抱き締めようとしたら、目が覚めた。慌てて目を閉じたが遅かった。手のひらから零れ落ちる水のように彼女の影は遠ざかって行った。
まどろむ意識のなか目をあげると夜明けだった。携帯を手繰り寄せ、古いメールを開く。
<いつも悦司は、わかってる、わかってる。て言うけれど、案外、人は走り出したら自分のことは解らないからね。特に悦司はね。それから、お願いだから相手が何か訴えているときにとんでもない理論を組み立てて、相手を服従させようとあまりしないでね。それでは付いて行けないよ。人は人にしか救われないもの。でもそれが悦司の強さでもあるんだけどね。いつも心を閉ざして外で優しい顔を作っているから、いっぱいいっぱいになっちゃうんだよ。色々と考えさせて貰いました。悦司、ありがとう>
携帯を閉じてベッドに放り出しリビングの窓に歩み寄り額を付けた。古いメールに綴られた文字が頭の中を巡る。白ばむ街を見下ろす窓は思いのほか冷たく、悦司の肌がみるみる粟立ってゆく。
<私たちは彼氏彼女じゃない方が長く付き合えるんじゃないかな。私たちが出逢えたのは偶然なんかじゃないと今でも思てる。だから長く知り合てる方がいいじゃない。でもね、この付き合い方にはリスクもあるし確かにキツイかも知れない。彼氏彼女の関係の方が縛りがあって楽なこともあるからね。最近ゆっくり会たりもないから悦司もキツイと思う。彼氏彼女の関係をやめようよ。ベストフレンドじゃダメかな? それでも良かったらまた会おうよ>
悦司は沙希の中で最上位の存在で在りたかった。
別れたカノジョと『友達』になったことなんて、一度もない。だけど悦司は想いの全てを無くし沙希を失うよりもたとえ半分だけでも残し続けたかった。
<ベストフレンド? それも悪くないな>
精一杯の強がりだった。そうして二人は彼氏彼女でなくなった。
ベストフレンドの関係――。
それは以前の関係よりも新鮮で瑞々しかった。見えなかった沙希も見えた気がした。
けれど、ときどき薄ら寒い風が悦司の心を吹き抜ける。
全てを無くし失うよりも、たとえ半分の繋がりであっても、沙希と繋がっていたい。と想っていたはずなのに……。
ベストフレンドの関係――の時が経てば経つほど、
半分の繋がりが苦しく辛くなっていった。
あの日、悦司は云った。
『沙希。オレたち、もう一度最初から付き合わないか』
両手でコーヒーカップを包むようにして、沙希は目をあげた。
切れ長の瞳が俄かに滲んだ。