恋なんて知らない-1
「もう終わったことだろ、俺はもう忘れた…お前も忘れろ。」
普段の冷静でやる気のない声とは違う苛立った声。
眉間に寄せた皺が眼鏡越しに見える。
壁にもたれかかって電話に吐き捨てるように言っていたその言葉。
内容は知らない。
だけど、恋人、な気がした。
その姿を偶然見てしまったとき、なぜだか、人間なんだって、魅力的に見えてしまったの。
…きっと前から分かってた、痛くて甘美な"恋"の予感。
***
プリントの山を掻き分けて高橋先生を見つける。
「先生。」
「ん?ああ、持ってきてくれたのか。」
「はい。」
「あーその辺り、に置いておいてくれるか。」
先生が少しだけ空いているスペースを指差す。
私は指定された狭い空間にクラス全員分の数学のノートを置く。
どさ、と置いたノートの塔が倒れないか心配しているのは私ばかりで、高橋先生の目線は作成しているプリントに向けられたまま。
「………。」
「どうした?」
「いえ。」
「なんだよ。」
「先生、私の名前、知ってますか?」
私の言葉に、先生は呆れたようにペンを置く。
またうんざりさせちゃったかなあ、とぼんやり思う。
「畑本詩織、出席番号31番一期数学中間試験93点、期末試験82点、一期末学年順位数学29番、総合12番。」
「おお。」
私は思わず感心し、手を叩いたが、先生はますます呆れた顔になる。
「おお、ってお前、自分の成績を公の場で言われて、もっと恥ずかしがるとか怒るとかないのか。」
「あ、そういえば。」
はあ、と先生が大きなため息をつく。
「まあお前の場合、自慢しても構わないくらいの成績だが…。」
そこまで言って、ちらっと私を見た。
私も先生の綺麗な目を見る。
先生の目って、充血したりしないのかな?