『It's A Wonderful World 4 』 -10
「お前なら、できるさ。がんばって、仁美さんにふさわしい男になれよ」
「わかったから、鎖骨を触んな」
肩でも叩かれるのかと思った、マサキの手は、しかし、僕の鎖骨を撫でるだけだった。
「こんなヨダレの出そうな、鎖骨を持ってるお前なら、出来るさ」
「真顔で、キモいことを言うな」
マサキの手を払いのけながら、僕は思うのだ。
もしも。
勉強して、いい成績を出して。
毎回、廊下に張り出される中間テスト上位者一覧に名前が載ったら。
仁美さんは、どう思うだろうか。
「……」
少しは、僕のことを見直してくれるだろうか。
確かに、今の僕じゃ、仁美さんに並ぶべくもない。
成績がどうとか、運動神経がどうとか、見かけがどうとか。
そんなの恋愛には関係ないって言う人もいる。
でも、今の僕じゃダメだって思っているのも事実なんだ。
だったら。
せめて、仁美さんに告白できるような自信が持てるくらいには。
がんばってみてもいいんじゃないか。
そうだ。
とりあえず、がんばって勉強してみよう。
いい大学に行くためでも、親に認めてもらうためでもなく。
ただ、仁美さんに振り向いてもらいたい。
たった、それだけの理由で勉強するのも悪くないかな、と思ったんだ。
「ふふ、いい顔だぜ、シュン。思わず舌なめずりしてしまうほどにな」
頬を上気させて、そう言うマサキを見て、僕は再び思うのだ。
またしても、色々台無しだと。
「お前の言うことは、わかったよ。とりあえず、次の中間に向けて、僕なりにがんばってみるわ」
「シュン……」
僕の言葉を聞いて、マサキは自分の胸をギュッと鷲掴む。
「どうした、マサキ?」
「今、胸がキュンってし……」
「帰れ。そして死ね」
ちょっとでも気を許すとすぐこれだ。
さて、ゲイのことは放っておいて、まずはどうするか。
参考書とか買うべきなんだろうか。
学校のワークとかじゃ足りないのかな。
「ふふふ」
足元で不気味な笑い声がする。
マサキは、階段の上でしくしくと腹を壊したゴリラのように泣いているし、うちのババアは下で大相撲見てるし。
ということは、あのアホか。
「話は聞かせてもらったぜ!」
急にカニの真似をし始めた(マサキの手刀を喰らって倒れていた)アキヒロが、倒れたまま目をカッと見開いていた。
物凄く不気味だった。