『私の咎』-6
―*―
「私も働こうかしら……」
夕食の後片付けをしながら、奈津美は居間で晩酌を楽しむ夫に話しかける。
「え? どうして?」
「だってぇ……」
食器の乾燥は後回し。ひとまずエプロンで手を拭いて夫が空けようとしている缶ビールを奪う。
「ああ、僕の楽しみが」
「秋雄の塾よ」
缶にすがり付こうとする夫を制し、代わりにお茶を淹れる。
「秋雄の塾って、まだ小学生だぞ?」
「小学生っていってももう五年生よ? 来年は中学受験もあるし」
「受験したいのか? 秋雄」
「そりゃあの子はしたいなんていわないわよ。けど、勉強をする習慣をつけさせるっていうか、そのためには塾がいいと思うのよ」
「でも、それと君が働くのと、どういう関係が?」
ビールをあきらめた夫は熱い番茶をすする。
「いい? 中学校なんて三年、あっという間よ。そしたら高校受験で、その三年後は大学受験。地元の大学なら良いけど、よそに行くことになったらどうするの?」
「ん〜それもそうか〜」
「あなたがいくらビールを減らしてくれても……」
「でも、今月は結構働いたし……、少しぐらい」
性懲りもなく右手を伸ばすも、妻の左手がそれを払う。
「とにかくっ! 私も家計に協力したいのよ。あなたのがんばりはわかるけど、でも、それだけじゃあ……」
思いつめた様子で俯く奈津美に英明もしらふに戻る。彼は険しい顔で頷くと、すくっと正座をしなおし、
「わかった。息子のためだ。奈津美にも苦労をかけるが、僕はそれ以上にがんばる
よ」
「あなた」
「奈津美」
分かり合えた二人は目を輝かして見つめあい、そしてどちらともなく寄り添う。
「なあ、奈津美、ビールは我慢するから……」
「うん。い・い・よ」
あとは息子が眠るのを待つだけ……。
――
家から自転車で十分程度にあるスーパー、ACマート。
日々の買い物のおり、掲示板でパート募集の記事を見たときから、なぜか気持ちが落ち着かなかった。
結婚と同時に仕事を辞めた奈津美だが、家に押し込められる生活は窮屈なもの。
秋雄が小さい頃は彼の世話を理由に自分を家に縛り付けていたが、学校の友達と遊ぶことが楽しくなってきた息子は、ランドセルを投げると「ただいま」と「いってきます」を続けて言うようになっていた。
――まったくもう、元気良いんだから。でも、私も少しは子離れしないと。
子供の成長を頼もしく思う一方で募るさびしい気持ち。
家に一人でいる時間が増え、掃除も洗濯も毎日の食事もルーティンワークと化した頃、その募集を見た。
もう一度働きたい。
少しでもいい、社会とのつながりが持ちたい。
健全な成人女性の当然の欲求。
そこに息子の塾を口実にするのは気がひけたが……。