『私の咎』-30
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相模原総合病院、六〇三号室。
神経性胃炎とあって周りからのストレスを取り除くために個室を希望した。
会社の上司、後輩が何度か訪れたが、理由が理由だけに慰めの言葉も見つけられず、皆果物と社交辞令を置いて帰っていった。
今は誰とも会いたくない。
そんな彼の願いを誰もが認めてくれた。
けれど、
「……いつ、出て行くの?」
「……まだ、見通しがたたなくて……」
英明は窓を見つめ、奈津美は見舞いの品の桃を剥いていた。
「そう、なら僕が出て行くよ。僕のほうが荷物少ないし」
「でも、それじゃあなたが……」
胃炎の原因である彼女の見舞いは理由を知る看護師によって拒否されていたが、売店で買い物をしていた英明が、彼女のそれを許した。誰もが反対していたが、本人の希望と洗い物、日用品は奈津美でなければわからないからと無理やりに押し通した。
「僕はさ、また出張があるんだ。単身赴任になるかなって思ってたけど、安心して行ってこれるよ……」
「そんな……」
「はは、安心って言わないね……こんなの……」
奈津美も不思議に思っていた。
彼が病室に迎え入れてくれたことを。
奈津美の不本意な行為で傷ついた夫。何かをしてあげたくても、何も出来ない。
弱りきった姿を見せつけ、良心を苛めようというのか?
しかし、夫はそんなそぶりも見せず、怒りから一周して他のことを気にかけていた。
「ねえ、お願いがあるんだけど……」
「何? 私にできることならなんでも……」
「ふふ……、やっぱりいいや」
「そんな……、酷いです」
「けど、なんか、今言うことじゃないし……」
「そう……」
英明は桃に爪楊枝を刺すと、ひとつ、頬張った。
「たださ、教えてくれないかな。どうして、あんなこと、したの?」
「それは……、私……」
――脅されていた……と思うの。
その一言で済む問題でもない。
どうせそれで救われるのは自分だけ。
物言えぬ博に全てを押し付けてしまえば、全てといわずとも納めることが出来るはず。
夫はきっと博を強く憎むはず。
そして自分に同情してくれるかもしれない。
けれど、言えない。
あの時、博の求めを自分から跳ね除けなかった自分。
腰を振り、よがり、快楽を受け取った自分。
そして、最後を通告されて惜しんだ自分。
夫を裏切ったその咎を拭うことなど出来ない。
「脅されたんじゃないの?」
「え?」
緑色のペンライトのようなもの。自分を縛り、陥れたもの。
差し出されたそれを受け取り、イヤホンをあてて再生。