『私の咎』-29
「ねえ、そんなに飲んだら毒よ……」
「いいんだ。好きにさせてくれ……」
「だって」
「君だって好きにしてたんだから……」
「それは……だから……お願い……話を……」
「聞きたくないよ……、そんな、君の……話なんて……」
英明は注いだにも関わらずそれを飲まず、震える手でグラスを握っていた。
「そう……、でも、信じて……。本当に愛してるのはあなた、あなたと、秋雄だけなの……」
「ごめん、信じられないよ……、とにかく、今は、僕を、一人に……してくれないか……」
「そんなこと……できるわけないじゃないですか……」
「お願いだよ、奈津美。僕は君に……暴力を振るいたくないんだ……。今、君がいたら……僕は……」
「悪いことをしたのは私……、それぐらい、あなたの痛みに比べれば……」
ようやく向き直ってくれた英明は、少しだけ微笑んで……
……パチン……
……ガシャン……
蚊を殺すなら十分な、そんな平手打ちのあと、グラスが床に四散した。
*
指輪はACマートの倉庫に落ちていたらしい。
レコーダーとあわせて落ちていたのをサボリ癖のある二人を探していた頼子が見つけたらしく、落し物掲示板に「指輪あり」と貼っていた。
それをたまたま店にきていた夫が見つけ、気を利かせた頼子が例の脅迫の証拠を渡したそうだ。
――秋雄は僕の実家にいるんだ。僕も今日は家に帰るよ。
それだけ言うと、英明は着たままの格好で家を出た。
一人暗い家に残る奈津美は、声も上げずに泣いていた。
発端から発覚までの一ヶ月に満たない不貞行為。
無為に騒ぐのも秋雄のためにならないと、夫は両親に内緒にしていたが、そうそうに隠せることでもなく、奈津美のもとに判の無い離婚届が送られてきた。
不倫相手とされる博からは代理を名乗る弁護士が紫色の包みに五本ほどを包んできて、それで内々に処理してくれと告げてきた。
彼はレコーダーをなくしたことを奈津美に知られぬうちに関係を終わらせるつもりだったが、すでに後の祭り。当然ながら英明は受け取りを拒み、ことのいきさつと本人の謝罪を求めた。
しかし、博の心身衰弱と心療内科への入院を理由に断られた。
その包みはひとまず預かるという形で金庫の中にしまった。
英明にとって何一つ納得のいかない結末に彼は胃を痛め、入院することとなった……。