『私の咎』-18
―*―
「あなた、いってらっしゃい」
「うん。君もパート、がんばってね……」
「ほら、秋雄も学校遅刻しちゃうよ」
「大丈夫だよ。俺脚早いもん!」
あわただしいいつもの日々。
穏やかでのんびりしている夫と、せわしなく遊びまわる子供を見送ったら朝食の後片付け。部屋の掃除と洗濯物を干すこと、それに布団を干せたらそれがいい。
そしてパート。
――どうしよう……。
射精に満足した博は五分ほど寝たあと、起き上がり家の近くの公園まで送ってくれた。
『奈津美さんみたいな綺麗なお母さんが欲しかったな』
振り返ったときにはもう車の音だけを残して去ったあと。
博はいわゆるマザコン。
普段のおとなしい性格からみても頷ける。
仕事の上では別として、さりとて男として意識していたわけではない奈津美からすれば、彼の行動などはた迷惑なだけのこと。
そして、あれがただ一度の過ちで終わるのかといえば、そういえるのかは疑問のこと。
いくら貧弱といえる博でも、女の自分よりも腕力はあるのだろうから。
――辞めたほうが、いいよね……。
時給は仕事に見合ったもの。
まだ打ち解けてはいないものの、仕事仲間ともうまくやっていけるはず。
けれど、店長がアレでは……。
「でも、急に辞めたら他の人が困るし……」
ともかく時計は九時半を指している。
もうそろそろ出勤しなければならない時間だ。
*
午後一時半。お客も少なくなったところで休憩をとるのがACマートのルール。
奈津美は途中の仕事を交代のパートに任せ、スタッフルームへと向かった。
経費節約のため必要以上に電気をつけない倉庫は薄暗く、息を潜めた程度で人がいるかわからなくなる。
「すみません、店長、お話があります……」
ボールペン片手に搬入された商品のチェックをしていた博におずおずと話しかける。
彼はいつもの営業スマイルを二割増にしたぐらいの陽気さで振り返る。
「どうしました? 奈津美さん」
下の名前。
「あの、仕事の件で、私、急で悪いのですけど、辞めさせてもらえないかと……」
「え? どうしてです? 何か嫌なことでもあったんですか?」
車の中でのことをしらばっくれるように言う博に怒りと呆れを感じる奈津美だが、なるだけ冷静に勤める。
「はい、その、昨日のことは……。私には夫もありますし、もう忘れます。ですから……」
「そうですか……、わかりました……」
「失礼します……」
仕事はまた探せばよい。いくら不景気でも、パートの募集ぐらいすぐに見つかるはず。
ここに固執する理由もなく、それが出来る前に辞められて良かった。