『Summer Night's Dream』その5-4
「彼女、中学まではこの辺に住んでいたらしいぞ」
妙な話とはつまりこういうことだ。
さくらの家は大和台に通ってる生徒の中でも有数の名家だ。
大和台と聞いただけでも陽介から見れば既に敷居が高い。
その学校でも頭一つ抜けているのだからさくらの育ちの良さは異常だ。
だが、さくらの入っていた中学は地元でも何ら変哲のない無名の公立校だったのだ。
なぜ、わざわざそんな遠い所に通っていたのだろうか。
いや、そもそも彼女の場合、普通は私立の、それもエスカレーター式の偏差値の高い学校に行かされるはずだ。
「その前の経歴は?」
陽介は気になった事を聞いてみた。
「そこまでしか分からん。だいいちその友人とやらも高校からの付き合いで裏付けもとれんよ」
確かに少し気になる話ではあった。
陽介はさくらと知り合って日が浅い。
それはつまり、まだ何も知らないに等しい。
「でもそれが、今回の件になにか関係してるんでしょうか?」
「さあな。だから調査は続ける。構わないだろう?」
「それとなく僕の方からも聞いておきます。あまり無茶しないで下さいよ」
無駄だとは思うが一応釘を刺しておく。
水嶋は爽やかスマイルを携えて、
「了解だ」
と言って右手でグッドを作って帰っていった。
陽介はしばらく、水嶋の出て行った扉の余韻を感じていた。
嵐が過ぎ去った後の午前の少し冷めた日差しが部屋に入り込んでいた。
陽介が窓を開けると、庭で鎖に繋がれていた犬が吠えはじめた。一階に住んでいる大家が飼っている犬だ。陽介が顔を出すと、天敵に会ったかのように吠えてくる。
猛犬スピーカーに、それまで布団にくるまっていた孝文が目を覚ました。
「おう、やっと起きたか」
陽介が傍らにしゃがみ込んでそう言うと、焦点の合っていない瞳をごしごしと擦った。
まだ寝ぼけているようなので、顔を洗ってこいと言って部屋から追い出した。おぼつかない足取りで流しに向かう。
陽介は布団を片付けてから、着替えをした。それから簡単に朝食を済ませようと台所からカロリーメイトと牛乳を持ってきて、部屋で食べた。
ほどなくして孝文が幾分晴れた顔で戻ってきた。