ピリオド 後編-5
亜紀は芯が強い。それは中学、高校とバスケットに関わりながらも、ひと言もグチをこぼさなかった事で分かる。
そんな人間が説得に応じない。とすれば、亜紀は夫を味方と見ていないのではないか?
理解者のつもりでいるが、亜紀にすれば、その他と同様にしか思えなのではないか。
(だから、そんな人間に賛同した親父から逃げた…)
もちろん確証は無い。本当はまったく違うかもしれない。
ただ、オレの勘は、そうだと云っていた。
(だとすれば、互いのギャップは何が原因なんだ?)
ひとつが結論近くに導かれると、別の疑問が湧き上がる。
しかしこれ以上は、判断材料が少な過ぎる。
「止めた…」
この先は、いずれ亜紀が笑って話せるようになれば分かるだろう。
オレはバスルームから出て行った。
リビングに戻ると、すでに亜紀の姿はなかった。先に寝室で寝たのだろう。
オレは火照った身体を冷ますため、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
喉を流れる冷たい液体が、身体から熱を奪い、心地よさを与えてくれる。
「ふうーーッ」
反して腹の中は熱くなる。徐々に頭も、弛緩していった。
その時、リビングと寝室を遮る扉が開いた。
トレーナーとショーツだけの亜紀が現れた。
「どうしたのさ?」
オレは明るく訊いたが、亜紀は俯いている。
「和哉…」
「なに?どうしたの」
亜紀はしばらく黙っていたが、
「一緒に、寝てくれない?」
思い詰めた表情でオレに近寄った。
「姉さん…」
「ちょっとでも良いの。抱いてくれる?」
その目は、オレに過去を思い出させた。
互いに高校生となり、オレが亜紀を欲しがった時、“わたし逹、姉弟なのよッ”と云った言葉を。
「姉さん…」
「ちょっとでいいの。ねえ」
その潤んだ瞳と悲し気な語り口は、オレの心を昂りと不安で掻き乱す。
「ひとりで寝てると…辛くって…」
伸ばした手がオレの左手首を掴んだ。
「ねえ、お願い…」
震える声。オレは誘われるまま、寝室へと引き込まれた。
「寝よ。和哉」
布団の中で亜紀は待っている。リビングから差し込む明かりに映し出された顔が、ジッとこちらを見つめていた。