ピリオド 後編-4
「亜紀の力になってあげてね…」
「ああ、分かってるよ」
電話は切れた。
「お母さんからよね?」
いきなりの声。まさか亜紀が側に居たなんて気づかなかった。
「そうだよ。何処に行ったか分からないから、連絡して来たんだ」
作り笑いで答えるが、亜紀は笑っていない。
「何て云ったの?」
「何も。しばらく此処で預かるから心配しないでくれって云っただけさ」
すると、亜紀は少し表情を緩ませた。
「だったらいいわ…」
そして、再びリビングに消えた。
(よほど何か云われたんだな)
普通、人は冷遇された環境に置かれても、良き理解者がひとりでも居れば、そこを逃げ出したりせずに頑張れる。
今回のケースに当てはめれば、良き理解者は夫のハズだ。数日に渡る日参と説得という方法を選んだ事が、なによりの証拠だ。
しかし、亜紀は帰らないという。父の声さえ聞く耳を持たずに家を飛び出したとは、よほどの覚悟なのだろう。
まあいい。今はそれより、亜紀の気持ちを落ち着かせることの方が優先だ。
「姉さんッ、とりあえずおでんを食っててくれ。すぐにカップ麺も出来るから」
笑顔が戻るまで、好きなだけ此処に居ればいい。
火にかけたヤカンの前で、オレはそう思った。
「姉さん、お湯が沸いたよ」
オレはヤカンを持ってリビングに入り、予めテーブルに置いていたカップ麺にお湯を注いだ。
「どうしたのさ?」
ふと見れば、先に出したおでんに手をつけていない。
「熱いうちに食べなよ」
「アンタも一緒に食べてよ…」
生気のない顔。伏し目がちに呟く声は震えている。
「分かった。もう一度温めるから」
2度温め直したおでんとカップ麺の夕食。食べてる間、亜紀はひと言も口を開かなかった。
「姉さん、これ…」
夕食後の片づけを終え、オレは亜紀の前にコンビニの袋を置いた。
「…何よ、これ」
「下着とストッキング…さっき買って来たんだ」
――我ながら照れちまう。
「姉さん、着替え無いだろ。オレ風呂に行くからさ、その間に着替えなよ」
それだけ伝え、オレはそそくさとリビングを後にした。
「…しかし何が…」
バスタブの中で考えた。頑なに戻ることを拒む理由はなんだろうと。