ピリオド 後編-10
「だったらオレも云えんな」
「それじゃ根本的解決にならんでしょうッ!」
語気を荒げて席を立つオレに、周りの目が集中する。竹内はそれを優しく制した。
「そう大きな声を出すなよ。周りが何事かと思うだろう。それに話は始まったばかりだ」
オレは再び席に座った。
竹内は視線を上にあげ、考えてから口を開いた。
「…この2年、亜紀にとって、あの家は針のムシロだったろう」
竹内が深く息を吐いた。
「家は田舎の漁師町だ。そのしきたりに、亜紀は戸惑っていたはずだ」
「それは違う。姉はそれを知って嫁いだし、実家に戻っても、そんな愚痴をこぼしたことは有りません」
「まあいいさ…」
オレの反論に、竹内は力無く笑った。
「本当はな、オレは亜紀が帰ってくれるなら、家業を捨てても良いと思ってるんだ」
「ち、ちょっと待って下さいよッ!だったら家業は誰がッ?」
「オレの下に三男がいる。こいつはオレと違って優秀だ。
オレが継ぐより、会社を大きくしてくれるだろう」
優しい表情を崩さずに、オレを見据える竹内の目が真剣さを物語っていた。
「オレはあいつに惚れて一緒になった。が、父や母は違う。家の跡取りが欲しいのさ」
「だったら問題無いでしょう。子供を授かれば…」
竹内の言葉がオレを遮った。
「…出来ないんだよ。それが…」
「えっ?」
騒がしかった店の音が、聴こえなくなった。
「結婚して2年、ずっとダメだった。それで2ヶ月前に検査を受けたら、あいつの方に原因が有るのが判ったんだ」
2ヶ月前…実家に帰って来たのと同じだ。
「それからだ。一方的に離婚を突き付けられたのは」
「それで説得に?」
「ああ、オレはあいつに“家業を捨てても良い”と云ったんだ。だが、ダメだった」
竹内の熱い想いは素晴らしい。だからこそ、亜紀には重荷になったのだろう。そして実家にも居られなくなった。
ようやく真相を知らされて、オレはいたたまれなくなってしまった。