Misty room / リバーシブル・ライフ-3
早朝の霧の中にいるような感覚だった。
俺は知らない街にいた。
そこには何も無かった。
だから俺を惹きつけた。
どこまでも深く、どこまでも深く。
目を開けると、横断歩道の真ん中に立ち尽くしていた。
歩行者用の信号は赤の明滅を繰り返している。
周りには誰の姿も無く、ただ朝霧のような静けさが街を支配している。
ここはどこだろう。
思い出せない。
そんなことは出来ない。
記憶は無い。
記録は無い。
この地に生まれ、この地に生き続けていく者。
もう一度、辺りを見回す。
何という綺麗な街だろう。
そこには何も無い。
そこにはだから、全てが在る。
「パパぁ」小さな子供が、霧の向こうから駆けてくる。そして俺の脚に飛びついた。
「早く帰ろうよ」
「あ?あぁ。そうだな」
そうだ。帰ろう。
「もうみんな揃ってるよ。ママもアキおじさんも、家で待ってる」
そうか、みんな待ってるのか。
息子に腕を引かれて、俺は歩き出す。
何気なしに歩き、何気なしに会話をしている事に違和感を覚えたが、それもすぐに霧に紛れた。俺は全てを受け入れるように、一度目を閉じた。
流れの止まった世界。
きっと、
季節は、もう巡らない。
ハルも、
ナツも、
アキも、
フユも、
感じることの出来ないこの場所で、俺は生きていくのだろうか。
彼女が与えてくれた時間は延々と続いていく。
何を犠牲にして、何を得たのか。今となっては、思い出すことすら出来ない。
――― ハル、泣いているのか?
どこからか声が生まれ、俺は天を仰いだ。
灰色の空は何も言わず、視線を戻す。
どこまでも、どこまでも平穏な街並みが、そこにあるだけだった。
「はやく、はやく!」
息子は早足で家路を行く。俺はゆっくりとあとについて逝く。
霧はまだ晴れない。
それはきっと晴れないだろう。
それはずっと晴れないだろう。
End
(後書)
前作リバーシブル・ライフの続編・・というかサイドストーリーです。作者的にはこちらが本編です。こんにちは、デルタです。人生は見方によって変化します。何が正義で何が悪かは人それぞれ。リバーシブル・ライフの前半の主題です(reverse)。そして後半と、今回のMisty roomの主題は再出発(rebirth)。
次作『ユートピア』で会いましょう。Created by Delta.