Misty room / リバーシブル・ライフ-2
翌日倒れ、病院に搬送された俺は、ただ、生かされる存在になった。
―― カミサマ?そんなもんクソ喰らえだ
何度でも言おう。カミサマなんてクソ喰らえだ。
五年の歳月が止まっただけではない。
それまでの俺の人生さえ、無に帰された。
生かされている、ということは、俺にとってそういうことだ。
思い出して、涙は一層溢れる。
アキは俺の生命線である背中に通されたチューブを掴んだ。
震えていた。『死』に恐怖し、その反面、『死』に歓喜する俺。
それ以上に震えていた、『死』を授ける彼の腕。
自然と口から零れた。「あり・・がとう」
それが己の口から発せられたものだとは気付かなかった。
アキは驚いて硬直し、チューブに掛けられた手は静止した。
もうあと、ひと力。
それだけ込めれば、全てが終わるというのに。
アキの頭にも巡ってしまったのだろうか、俺たちの軌跡が。
駄目なのか。
やっぱり、俺は逝けないのか。
本当は生きたい。けれど生けないのなら逝きたい。
それすら、望めない?
「ちくしょう、動け、動けよ!」アキは絶叫する。
友にこんな思いまでさせて、俺はこんな思いまでして、何様が俺をこんな狂った世界に繋ぎとめようとするのか。
―― アキの頬を伝った涙が、俺の眼球に染み込んだ。
その熱さが、全身を巡った。
「ああああっぁあああ!」
力の限り叫んだ。
その呪いに似た叫びに、アキは後ずさりをする。
その様子を後ろから眺める少女がいた。
白いワンピース。
黒い長い髪。
金色の月が映る、青い目。
重い空気の中で、透明な雰囲気を漂わせた、少女。
どこかで見たことがある。
例えばそれは、俺が倒れる日。視線を校庭に向けたときに見かけた人影。
『いきたい?』彼女は聞いた。澄んだ声だった。
――― いきたい
胸のうちで答えた。
生きたい?
そうじゃない、逝きたい。
『じゃあ行こう』彼女は言った。
行く?
どこへ?
『あなたの望む世界。私は持ってるよ』
Misty room ――― 彼女は透明な声で言った。
持ってる?
そうか、持ってるのか。
――― じゃあ、行こう
答えると、次の瞬間には俺の腕が、背中を通るチューブを掴んでいた。
アキは唖然とした表情を浮かべている。何が起きているのか、分かっていない困惑した表情だった。
『あなたの余生を私にちょうだい』少女は言った。
その言葉はアキには届いていないのだろう。
――― その前に、ひとつだけ、いいかな
『なに?』
――― 友達にお礼をしておきたいんだ
『・・・いいよ』
俺は最期に、アキを見る。「あ・・き・・」
そして確かに、自分の言葉で、自分の意志で、自分の力で、それを伝えた。
「ありがとう」
世界は暗転した。
―― カミサマ?そんなもんクソ喰らえだ
この世界から解き放ってくれた、あの少女は、だれ?