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忘れること
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忘れること-2



だから先輩が死んだという事実を知った時に、僕は意味もなくボンヤリとそんな事を考えていた。僕と先輩の間にあった絶対的な距離感は失われ、僕は刻一刻と彼女の年齢に近づくことになる。それは僕にとって、とても不思議な話だったのだ。考えるべきことはたくさんあるはずなのに、頭が上手く回ってくれなかった。僕は先輩の事を考え、僕の素直な感情の行き先について考え、先輩の素直な感情の行き先について考えたのだけれど、上手くまとまらなくなって止めた。
それを止めた途端に、とても自然に、ごくもの静かに、僕は先輩の死について考えて悲しくなった。全身が悲しんでいるみたいにブルブルと震えてきて、涙が止まらなくなった。
先輩は損なわれた。失った。徐々にその事実を認識し出した僕の脳髄は、悲しみ属性の脳内物質を惜しみなく出しまくった。自分でもなんでこんなに悲しいかわからないぐらい悲しんだ。痛みがある悲しみだった。僕の(でもそれはとうてい僕のものとは思えない)五体をコツコツとノックして、痛みを認識させる悲しみだった。
そしてようやく泣き止んだ時に、はじめからそこにあったかの様に、僕は先輩との会話を思い出していた。
「それは貴方が大人に近づいている印よ。とても喜ばしいことだわ」
「素直に感情を表せなくなることが、喜ばしいことなんですか?」
「ある意味、ではね」
あぁそうだ。だから先輩は、あの時に笑ったのだ。長い髪をかきあげ、煙草を吹かしながら、僕の幼さに微笑んだのだ。
「いずれ皆それを失ってしまうものなの。だから貴方も、それを大切にするのよ」




先輩が伝えたかったことは、つまりはこういうことだったに違いない。子供の僕が全身を震わせながら悲しんでいる様に、人の感情を表すことに抵抗しているのは大人だけなのだ、と。そしてそれを失うのは、ただ子供が大人になるという事実以上に、重要な意味と意義をもっているのだ。僕が大人になると、先輩が死んだ事実に涙を流せなくなるのかも知れない。僕はそのことを想像している時は本当に寂しい気持ちになった。時間とはなんて無情なものなのだ、と。




ある日の午後、僕は久しぶりに会う友人と飲む機会が会って街に出かけた。半年近くも会っていない友人だった。けれど半年も離れていない気がして、どんなに仲の良かった友人も間を空けて会うと少しぎこちない感じがするものだけれど、今回は違った。僕らはあっても一時間もしない間に、かつての距離感を思い出して軽快に喋った。中々に楽しい食事だった。
酒も程よい感じに入った所に友人は言った。
「なぁ、お前がつき合っていた先輩が亡くなったって話、本当なのか?俺、そういう情報に疎くってさ。聞いた時信じられなかったんだけど……」
「けど?けど、なんだよ」
「いや、お前があまりに普通だからさ。なんだか拍子抜けしたというか、なんというか」
彼は残っていた生ビールのジョッキを一気にあおりながらそう言った。
「俺、お前がもっと悲しんでるもんだと思ってたんだ。人が死ぬってこと、余り深く考えたりしたことないけどさ。俺はそういうのって、きっと悲しいもんだと思う。けどお前はひょうひょうと昔のままでさ。生ビールなんか飲みながら話してるお前みてるとさ」
「意外、だと?」
「うん、というかさ。がっかりした」
「がっかり?」
さも意外そうな顔して、彼は言った。僕はそんな彼の話を聞いていてとても不思議に思った。何故彼は僕が悲しく見えなくてがっかりしたのだろう。全くもって意味が分からなかった。
そもそも、僕が悲しんでいるか悲しんでいないかは、僕自身が判断することで、彼の裁量は全くと言って良い程関係の無い話のはずだ。実際僕は先輩の死に打ちひしがれたし、今までの全て経験で一番悲しんだ。先輩がいった様にそれを大切にしたし、でもそれが徐々に薄れて行く事に関して戸惑ったりもした。どうしようもない記憶の輪廻にあらがえずに、ただ立ち尽くす案山子みたいに流れに任せているだけなのだ。僕はあれ以来、先輩について深くを考えることを止めている。手つかずのまま置いておいて、ふとした時にその箱を開きたいと思っていたのだ。


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