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「先生、原稿お願いします!」
【OL/お姉さん 官能小説】

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「先生、原稿お願いします!」-1



「由希、ついでに渡瀬先生の所へ行って、原稿取って来てくれ!」
 ケータイに出るなり、編集長の殺気立った声が耳元でどなった。
「締め切り、とっくに過ぎてるのに、原稿が入らないんだ。取れるまで帰ってくるなよ!」
 由希に返事をするいとまも与えず、ケータイは切れた。
「もう、人使い荒いんだから!」
 由希はブツブツ文句を言いながら、地下鉄の駅に向かった。
 本橋由希は今年大学を卒業して出版社に勤めるようになった駆け出しの編集者である。彼女が配置されたのは、『小説未来』という文芸雑誌の編集部だった。少し堅目の文学作品からエンターテイメント小説まで、幅広い小説を掲載している、そこそこに歴史のある雑誌だ。
 地下鉄を降り、目的のマンションに向かう。目指すのは作家、渡瀬遼太郎の自宅だ。渡瀬はもともと官能小説を書いていたのだが、その他のジャンルの小説やエッセーでも注目されるようになった。
 ただし、編集者の間では、とにかく筆が遅いことで有名である。由希のいる『小説未来』編集部では、先輩編集者が渡瀬の担当になっていたが、締め切り近くになると、悲壮な顔で電話をかけたり、一緒に缶詰めになったりして原稿を督促している。
 マンションのエレベーターを降りて、すぐの部屋に「渡瀬」
の表札があがっている。インターホンのボタンを押すと、ドアの鍵が開き、四十歳ぐらいの男が顔を出した。ブックカバーの写真で見たことのある顔、渡瀬遼太郎だ。
(もうちょっと、身だしなみに気をつければ、結構カッコいいのに…)
 そう思って由希は素早く視線でチェックした。今も、寝癖頭にトレーナーという格好である。
「はい、どなた?」
「『小説未来』です」
 由希が答えると、渡瀬は不思議そうな顔をした。
「あれっ?山村さんじゃないの?」
「はい、本橋由希と申します。どうぞ、よろしくお願いします」
 由希がピョコンとお辞儀をする。
「そう…、まあ入って、ちょっと散らかってるけど…」
 足を踏み入れた部屋は、「ちょっと散らかっている」というレベルではなかった。3LDKの部屋いっぱいに物が散乱している。由希は、渡瀬が二年前に離婚したという話を思い出した。男やもめの部屋というのは、こんなものなのだろうか。
「原稿をいただきにあがったんです」
 由希が単刀直入に言うと、渡瀬は困ったような顔で頭を掻いた。
「原稿、原稿ねぇ…」
 ごまかされそうな雰囲気を感じ、由希は詰め寄るような勢いで言葉を続けた。
「できてますか?」
「いや、まだだねぇ…」
「いつ頃、できそうでしょう?」
「さあ、いつだろうねぇ」
 そう言うと、渡瀬は煙草を取り出して「失敬」と声をかけ、
プカプカと吸い始めた。負けてなるものかとばかりに、由希はその場に腰を据える。
「じゃあ、できるまでここで待たせていただきます。」
 由希の勢いに負けて机についたものの、渡瀬にはいっこうに執筆に取り掛かる様子が見えない。吸い殻で山盛りになった灰皿に吸い殻を突っ込み、また新しい煙草に火をつけた。
(こうなったら、根比べだわ…)
 そう決意を固め、周囲を見回す由希。部屋のあちこちに雑多な物が置かれていて、まるで物置だ。
「こんなに散らかってるから、仕事がはかどらないんです。私、掃除します」
 そう言うと、由希は腕捲りをして立ち上がった。


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