リバーシブル・ライフ-3
重々しい空気の中、検察官は淡々と彼の罪を語った。
その口ぶりはわざと冷淡を装っているようでもあった。
「君は、春樹くんの唯一の生きる手段である、そのチューブを引き抜いた」
間違いないね?
秋人は答えず、検察官を見つめた。
「誘導はやめてくれないか?」
傍らの弁護士は目を細めて言った。
「誘導ではない、これは確認です。いつまでも口を閉ざしたままでは、無駄に長引くだけだ」確かに、被告人が被害者を殺害したのは、誰の目にも明らかだった。
「零時十分。被害者の叫び声を聞いた看護婦は、病室に駆け出した。しかしドアは内側から強い力で押さえられていた。これは明らかに殺意が込められている証拠です!」
検察官は声を荒げた。
弁護士には、もはや否定の言葉も無かった。
「以上です」
検察官は、言葉を切った。秋人は、検察官を黙って見上げている。
「それでは弁護人、反論を」
真田弁護士は、ここに来ても迷いを持っていた。これからの展開に関して。
罪を否定すべきか。
肯定し、軽くすべきか。
どちらにせよ、苦難の道のりではある。しかし、やれなくはない。
なぜ、この仕事を受けたか。
再度、己に問い掛ける。
名前を売るためだ。
再度、その答をだす。
名を売るためなら真実など関係ない。
そう考えるようになったのは、いつからだったろう。
真田は、考える。
審理に破れ、弁護人に騙され 、正義は掴めぬまま、目の前をすり抜けて行く。
力量不足はあるのだろう。それを考慮したとして、なんてお粗末な世界。
弁護するほどの価値が無い、という現実。
「真田弁護士、反論は無いのですか?」
それに気付いて、私は心を閉じた。
「ありません」
ざわざわ
あたりが騒がしくなる。
「それは罪を認める、と?」
「状況証拠から、私の依頼人のみが可能な犯行であることは認めましょう。ただ、」
ただ?
検察官は先を促した。
「そのトリガーを引くことは、果たして悪だったと、そう言えるでしょうか。」
真田は、あえて回りくどい言い回しをした。
「本気で、あなたはその方針で弁護をするつもりですか?」
さすがに頭の回転が速い検察官は、顔を紅潮させる。
情けない、と吐き捨てるような怒りに満ちているようだった。
「2009年。脳死を認める法案が可決されました」
ざわざわざわ
傍聴席からは、非難の叫び声が上がりはじめた。
「今回のケースは、確かにそれとは違います。春樹君には意識があり、意志があった。けれど、」
真田は、自分を落ち着けるように一つ、深呼吸をした。
この言葉を口にすれば、大きな波紋を作ることは明白だった。
マスコミは、群がるように事件に焦点を定めるだろう。
心に決めたはずだった。
裁判の勝敗は関係が無い、と。
真実の行方は追わない。ただ、己の名を知らしめるため。
真田は言った。