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リバーシブル・ライフ
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リバーシブル・ライフ-2

今は何時だろうか。
知る術はない。
知る必要もない。
季節は夏なのだろう。
微かに唇に感じる空気が生暖かい。
夏。
何度も通り過ぎた、その季節は、どんな日々だった?
うだるような蒸し暑さ。
遠い蝉の鳴き声。
広く続く海の色。
もはや想像にすら難く。
思い出だけでは、人は生きていけない。
それは、こんなにも簡単に褪せてしまう。
願わくば、全てを忘れてしまう前に、この世界に刻んだ証を覚えているうちに、死んでしまいたい。
打ち明けられない思いは、黒く胸の底に澱んでいる。
「春樹くん、こんにちは」
気づけば、看護婦の顔があった。
「下着、取り替えますね」
本当に、俺は、どうして生きているのだろう、と。
何億回目の問い掛けを、空虚な天井に向ける。
その先にいるものに向ける。
看護婦は、死に体の俺の体を拭いたあと病室を去り際に言った。
「もう冬も真っ只中だから、体調を崩さないようにね」
涙が流れた。
枯れ果てた涙が流れた。
「あぁぁ」
言葉にならない何かが体から抜けていった。

ガラ
ドアが開かれる音がした。
その方向に首を向ける。
アキだった。
蜃気楼のように滲んでいるのは、この涙のせいだろう。
アキは何かの決意を秘めたような眼差しをしていた。
彼は無言のまま、パイプ椅子に腰掛け、無言のまま俺の顔を見ている。
ナツが過ぎ、
アキを越え、
冬が訪れている。
いつの間にか、冬が来ている。
知らず季節は巡り、そのプロセスを俺はあと何度なぞらなければならないのだろうか。
「ハル」久しぶりにアキの声を聞く。
震えた声。何かに耐えている声。
長いまつ毛にかかる前髪が揺れていた。
「楽しかったな、ハル」
優しい声だった。
優しい眼差しだった。
「もう、終わりでいいか」
だけど泣いていた。
「うあ・・あぁ・・」
遂に、終わらせてくれる。
地獄のような日々。
「あ・・・ぁぁ」歓喜の声が知らず、自分の口から漏れる。
もう芸なんてないのに、緞帳は下りてくれなかった。
祭は終わったのに、花火の後始末は忘れ去られていた。
俺は死んでいるのに、生かされていた。
アキはゆっくりと立ち上がり、俺の脊椎に通されたチューブを掴んだ。
ぎり、と
奥歯を噛み締める音がする。
アキの口元が赤く滲む。
悔しいのだろうか。友の命を消すことが。
けれど、アキ。分かってるだろ。
俺は、それを望んでるんだ。
―― ありがとう、アキ
―― ごめんな、アキ
薄暗い病室で、最後の視線を交わす。最期の死線を託す。
俺たちは、とめどなく涙を流した。
あぁ、逝ける。
俺がいなくなっても
夏は来る。
秋は来る。
冬は来る。
たぶん、春だって来るだろう。
季節は、どこまでも巡っていくのだろう。
アキは腕に力を込めた。
死に間際、ふとした考えが過ぎった。
『もし、時間を遡ることが出来たなら、
 もう一度、三人で笑い合う日々に帰れたとしたら
 この運命を知ってなお、俺は時間を戻したいと、そう思うだろうか−』


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