青かった日々〜兆し〜-4
「どう、一人暮らしは」
雪乃の言葉に返事は無い。その後も何度か悟史に声をかけたが、しばらくすると話が無くなったのか、押し黙った。
時計が針を刻む音だけが、部屋に響く。それまでしばらく黙っていた雪乃が、ぽつりと呟く。
「ありがとうね。気、遣ってくれて」
姉と義兄を気遣って、家を出た弟。雪乃はそう思ったのか。
「そう思うなら帰ってくれ。風邪、移ったら困るぜ」
布団を頭まで被り直し、悟史はもう何も言葉を発しなかった。
雪乃は暫く様子を見ていたが、最後に病院に行きたくなったら連絡するようにとだけ言い、部屋を後にした。
静寂の中で、悟史は雪乃に対して邪険に扱ったことを少し後悔した。
品行方正、天真爛漫。(それなりにだが)容姿端麗。
別に、雪乃が嫌いというわけではない。ただ、相対すると、何故か刺々しい態度しかとれない。
いつからだろう、昔はあんなに姉になついていたのに。
「……頭いてえ」
意識が閉じていく中で、無性に梓の顔が見たくなった。
眠りに落ちる瞬間、部屋のドアが開いた気がした。
「彼女とかいたら、どうしような」
アパートの階段を上りながら、直人は大に問いかける。大が、帰ればいいと応えると、直人はしらけた顔になった。
部屋までの短い時間で「まずそんなことは有り得ない」という結論に達したが。
とりあえず仮病だったら、プロレス技でもかけてやろうと直人は意気揚々と部屋のドアノブを捻った。
「お〜す、悟史」
玄関のドアを開けた二人が見たのは、部屋の風景。
キッチンを抜けた先には、居間があり、そこに聡史が寝ているはずだった。
何故、寝ている「はず」だったと二人が認識したのか。
見えなかったのだ。
制服を着た女の子の後ろ姿が、聡史の顔を隠していたから。
人は考えられない事態に遭遇した時、動くのを止めて、事態の認識を図る。
だが、部屋の前で彼女がいることなど有り得ないと決めつけていた二人は、もはや事態を認識することすら出来なかった。
止まっている二人の視線の先で、女の子が立ち上がる。その顔は、先程街で見た梓だった。