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風邪のようなもの。
【ホラー その他小説】

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風邪のようなもの。-1

 薄暗い店内。ブラックミュージックはオーナーの趣味。
 グラス磨きは毎日の日課。
 そこが私の仕事場、ショットバー「レミングス」だ。

「さっきも見たんです……」

 その男はカウンターの席について水割りの一杯を半分飲んだあと、そう切り出した。
 白のワイシャツに紫の柄ネクタイ、くたびれたグレーのスラックス。
 一見すると背広組だが、椅子に置かれたリュックとウインドブレーカーからはそう見えない。
 表情はというと、薄暗い店内でもわかるぐらいに辛気臭く、ただ疲れている様子。

「へぇ、珍しいですね、お客さんの方から話しかけてくるなんて……」
「誰かに聞いてほしくて……」

 このお客さんが店に初めてきたのは確か三ヶ月前。それからは隔週程度に来ており、頼み方はお決まりでいつもウイスキーのロック、揚げ物、水割り、お勘定の順番。

 出会いを求めてというわけでもなく、寂しさを紛らわせてというわけでもなく、飲んで食べて帰るだけの置物のようなお客だ。

 他にお客がいないとき、私も暇つぶしに声を掛ける。いわゆるバーテンの『営業』という奴だ。

 ――お仕事の帰りですか?
 ――ええ、まあ。
 ――ウイスキーが好きなんですね?
 ――香りが好きでして。
 ――普段はどういうものを?
 ――普段はブラックニッカですけど、最近はアイリッシュウイスキーを少し。
 ――スコッチ系がお好きですか? はは、ウチはバーボンの方が多いですからね。
 ――バーボンは乱暴だから。

 何を聞いても二言三言返して視線をグラスに落とす。
 結局、酒好きということ以外はわからない。

 それでも、何か問題を起こすわけでもリバースをするわけでもないと、特に気にかけることはなかった。

「交差点に、居たんですよ」
「へえ、何がです?」

 男の話にそれほど興味もない私は、相槌をうつふりをしながらグラスを磨く。
 表面を拭いたら布巾の上にさかさまに置き、自然に乾燥するのを待つ。
 たまにバイトの子が面倒くさがって内側まで布巾を入れてしまうのが最近の悩みの種。今日もグラスの中に糸くずがあり、今ようやく全て洗い直したところだ。

「ワンピースっていうんですかね、あの、なんかよく葬式とかで女の人が着てるのあるじゃないですか、上に何か羽織るやつ」
「葬式で……」

 しばし頭をひねる。ワンピースと上に羽織るもの……。

「アンサンブルですか?」
「そうそう、それ」

 アンサンブルの喪服。
 確かに見ないが、それは私が男だから。
 女性なら一着ぐらいあったとして当たり前。

 ただ……、

「どうして交差点に居たんでしょうね?」

 私も少し、本当に少しだけ気になった。

「どうしてでしょうね」

 そういってグラスに視線を落とす。
 こうなるとしばらくはだんまり。
 彼のいつものパターンだ。
 だから私もグラス磨きに戻る。


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