風邪のようなもの。-5
「はいこれ三番テーブルね」
「はいはい……うわっ!」
「ぶっ!」
勢いよく開かれた扉から現れたのは黒いアンサンブル姿の女。
顔色は青白く、唇は異常なほどに赤い。
これではまるで……。
「何? どうかしたの?」
きょとんとした表情で私を見返すバイトの子。
よくよく見れば顔色はただのブラックライトの反射の青。
唇も最近はやりのカラーでしかなく、アンサンブルと思っていたのは黒のエプロン
とカーディガン。最近寒くなってきたから用意させたものだ。
「いや、なんでもない」
「はは、驚いた……」
まだ腑に落ちないといった表情の彼女を無視し、私は三番テーブルに料理を届ける。
その帰り道、例のお客さんが最後のオーダーをしていた。
「……円になります」
差し出された紙幣と小銭を数え、お釣りを渡す。
「ありがとうございました、またお越しください」
「ありが……へっくしゅっ!」
「風邪ですか?」
私がポケットティッシュを差し出すと、お客さんは遠慮なく鼻をかむ。
「最近流行ってますからね。まあ、誰かにうつしてしまえば治るっていいますけど……」
お客さんはティッシュを丸めるとそのままポケットにしまい、ドアの外を眺めている。
「? どうかしましたか?」
「いや、まるで風邪だなって思って……」
いつもなら会計を終えたらすぐに帰るはずのお客は、何か感慨深そうに頷いている。
「……あのさ、さっきの先輩なんだけどさ……」
「はい」
「先輩もやっぱり別の人からあの女のことを聞いてたみたいなんだ。あ、その人は元気だよ。今もピンピンしてるし」
「へえ」
「だから、その……」
やはり要領を得ない……?
「ちなみに、その先輩は入院中ですか?」
「 い や ……、 死 ん だ よ …… 」
違った。この人はぼかしていたんだ。意識的に……。