風邪のようなもの。-3
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仕事の帰り、先輩があまりにもその喪服の女に怯えていたので「自分がお供します。もし変な奴がいたら自分がふんじばりますから!」と申し出た。
本当のところ、そんなの先輩の見間違いか、喪服自体目立つ格好だからたまたま目に留まっただけとしか考えていなかった。
もともと自分は恐怖に鈍い性格。
ホラー映画やその類を見たところで何を感じることもなく、グロテスクな事故の写真を見ながらナポリタンを啜れる。
たかが喪服の女の一人、怯えるはずがない。そう思っていたんだ……。
駅に向かう大通りで、急に先輩が立ち止まった。
――ほら、そこ、右、いるだろ? アレだよ、あの女だよ。
先輩は俺の背後に隠れ、指をさすのも怖いのか震えながら視線をアスファルトに落としていた。
――ええ、いますね。でも……普通の……、
普通?
いや違う。
格好こそ礼服の類だが、遠くからもはっきりわかる青白い顔色。いやに映える赤いルージュ。
すれ違うはずの人は誰一人として彼女を見ようとしない。
そして、それは彼女も同じ。
尋常ではない。
なぜかそう確信できた。
――先輩、落ち着いてください。いいですか、気づかれないように通り過ぎましょう。着いてきてください。
女のほうを意識しないように、それでも視線の端に彼女を捉える。
先ほどから誰も彼女とすれ違うことがない。
自分は不注意から何度か行き交う人と肩をぶつけているというのにだ。
――やはり……なのか?
口に出せばそれが妙なリアルを持ちそうで怖かった。
ただ黙々と歩く。
視界の端から女が消えても、それでも注意は右、右後方と隙間なく、油断なく……。
一分もかからないはずの横断歩道を渡りきったのは信号が赤に変わる頃。
周囲をうかがうも帰り道を急ぐ人ばかり。
もう心配ない。
そうだ、先輩は?
――振り向くな!
今まさに振り向こうとしたとき、先輩の悲鳴のような声が聞こえた。