胎児の遺言-11
「胎児が小さすぎるから、もう少し待ったほうがいいんだ」
インテリ風ドクターは、最後まで私の顔を見ることもなく、机の上のカルテにそう言い聞かせていた。
待つと言うことは、あと2週間、私のお腹の中で、この命を育てるということを意味する。
最後には殺してしまう子を、殺し易くする為に育てるなんて残酷過ぎる。
そう思ったら、お腹の中の小さな命が、無性に愛しく感じた。
あっ―――
あの時と同じ気持ち…
またもや感じた母性の欠片…
この夜は、なかなか眠ることが出来なくて、結局、空が白み始める時間まで、布団の上でさめざめと泣いた。
産んであげられない命…
あと2週間で葬り去られる命…
まだ膨らんでもいないペタンコのお腹をさすりながら、何度も何度も、お腹の中の子供に謝った。
それでも到底、産む決心には至らない訳で、結局そんな気持ちは偽善かな?…と、自分が薄っぺらに思えた瞬間、涙がピタッと止まった。
この子には、きっと私の浅い考えなんて、全てお見通しのような気がして、不幸な女優気取りで、何時間も泣いていた自分が恥ずかしくなった。
∞∞∞
ようやく手術の予定が立って、私は心からホッとしていた。
これで、手術費用の12万円を貴幸から受け取り、手術を受ければ、親にもバレずに、それですべてが終わる。
口うるさく、自分の意見を押しつけるだけの母親…
いつでも私の味方をし、優しく見守ってくれる大好きな父親…
どちらにも知られたくないことだった。
予定通り、このまま簡単にいくものだと思っていた。
でも現実には、そう上手くことは運ばなかった。
なぜって?
それは―――
貴幸が逃げ出したから!!