胎児の遺言-10
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花梨のお姉ちゃんの友達という…その会ったこともない遠い知り合いが子供を堕ろした…という病院を教えてもらった。
私の家から、電車とバスを乗り継いで50分。
そこは、住宅街の外れにある、小さな古びた産婦人科医院だった。
深緑色の、冷たいリノリウムが敷き詰められた薄暗い待合室。
朝の10時だと言うのに、患者はなぜか私1人きり。
外は、朝から真夏の陽がジリジリと照りつけていたけど、ここだけは何だか寒々しくて、1人迷宮に足を踏み入れてしまったような…
そんな気分にさせる、しんき臭い病院だった。
名前を呼ばれた私は診察室に入った。
手早く下着を脱ぎ、踏み台を使い、足を大きく開かされる診察台に乗り移った。
ひと言「お楽に…」の言葉と同時くらいに、足の付け根に冷たい金属の器具が差し込まれた。
特にひどい痛みはなかったけど、慣れない場所での慣れない診察に、私は全身をこわばらせ、反射的にギュッと目を閉じた。
何でもいいから、無性に掴まるものが欲しかった。
腰から下に掛けられたカーテンの向こうでは、金ブチ眼鏡でインテリ風の、冷たい雰囲気のドクターが、何やら診察を続けている。
インテリ風ドクターは、無言のまま内診を終えると、看護士に促されイスに座った私に、即座に妊娠を告げた。
どうしたいか?と言う意味合いのことを聞かれたので、私はただ『中絶したい』とだけ答えた。
変に優しいドクターじゃなくてよかった。
だって私はただこの人に、このお腹の中のものを、取り出して貰えさえすればよかったのだから。
この日は、男女連名で書き込み、捺印するタイプの中絶同意書を渡され、手術当日の説明を受けたあと、手術の日程を決めた。
手術日は2週間後に決まった。
お盆休みに入る何日か前の日だった。
『もう少し早くは出来ませんか?』
私はインテリ風ドクターに恐る恐るそう聞いてみた。