逃げ出しタイッ!?-1
相模原市立山陽高校。
体育会系の多い学校で、一学年に十一クラスあるマンモス校。
なかでもサッカー、野球、ラグビーが盛んであり、いずれも甲子園、国立競技場、花園など、大舞台を目指すレベル。
毎週のように公式、非公式を問わず試合が組まれ、体育会系の生徒たちは放課後からが本領発揮とばかりに解放の予鈴を待つ。
一年B組の教室もまたホームルーム終了とともにざわめき立ち、みな個々の活動へとちらばっていく。
ただ、宮川雅美だけは例外。彼女は陸上部のマネージャーをしているが、のそのそと帰り支度をしており、特に急ぐ様子も無い。
癖のある髪をごまかそうときつく髪を縛り、厳しい顧問のもと、化粧っ気もない。
それでもリップクリームだけは唇の乾燥対策としてしっかりキープ。
どこかさめた視線はたれてもなく、つりあがってもいない。それでも小顔と整った鼻のおかげでそれなりの水準の美人ではあった。
あとはもう少しスタイルがあれば、雑誌の裏表紙ぐらいは飾れるというのだが、いまひとつ。そんなありふれた子。
「よっす、雅美ちゃん、ノートありがと」
彼女が部活の時間にもかかわらず残っていた理由のひとつは、最近気になりだしたクラスメート、菊池隆一を待ってのこと。
サッカー部所属の期待の一年。まだレギュラーにはなれないものの、夏休みの新人戦ではスタメン出場し、華麗なシュートを決めて勝利に導いた。
もともとの気さくな人柄と、いつもにこやかな印象をだす細めが人受けを良くし、さらに地方紙とはいえスポーツ欄に載ったことで夏休みが明けるとクラスの人気者の地位を獲得した。
「これぐらい、平気だよ」
朝連のきつい運動部の一時間目はお昼寝タイム。雅美はそんな彼のためにノートを取っていた。
「それより練習がんばってね。隆一君」
「ああ、つか、次の試合、ぜってーハットトリック決めてみせっから」
隆一は笑顔でそれに答えると、挑戦的な微笑みを残し、鞄片手に教室を出る。
――あーん、隆一君、かっこいいな。なんで私サッカー部に入らなかったんだろ。っていうか、マネージャーなんて多いほうがいいのにい!
山陽高校サッカー部は去年全国ベスト四入りしてからさらに活気づき、国立競技場をスローガンにみな練習に励み、その姿勢がミーハーな女子の心をしっかりキャッチしていた。
そのせいか、今年は入部希望者が激増し、結果、厳正な審査が行われる運びとなった。
といっても、運動部の経験、もしくはマネージャーの経験があるかという程度。
四月の雅美は特にサッカーに興味もなく、かといって文化部に興味もなく、流されるままに陸上部のマネージャーにさせられていた。
あのころはまだ彼の存在をそこまで意識していないせいか、それほど苦にも思わなかったが、夏休みに開かれた地区の新人戦に無理やり応援にかり出され、彼に一目ぼれした。
それからは後悔の日々。
そこそこの実力はあるものの、大会では入賞が関の山の陸上部では、それほどモチベーションがあがらない。それに、どの部員も彼女の趣味に合わなかったのだ。
――あーあ、退屈。
今日も雑用をこなすべく、部室へ行く。
汗臭いタオルの洗濯と活動日誌の報告。たまに計測。たまに備品の確認。
その繰り返しが待っているだけの部室へと……。