逃げ出しタイッ!?-53
「大丈夫だよ。消えない」
――夢を見たいから。
生きるというには明らかに本末転倒な目的にもかかわらず、雅美は強く頷く。
「雅美は強いね」
「そう?」
「だって、あたしなんて振られただけで、雅美にあたってさ」
「いいよ。別に」
昇降口まではもうすこし。彼女とこれでお別れとなると物悲しいが、振り切りたい記憶でもあると、雅美は留まることをしない。
「ね、あたしがどんな風に振られたか聞いてよ」
先回りして通せんぼするような早苗は少しだけ笑っていた。
「やだよ」
それをかわして靴箱へ向かう雅美。
「いいじゃん。友達でしょ?」
すがりつく早苗はまた彼女の袖をきゅっとつかむ。
「邪魔だよ」
「いいの、聞きなさい」
どうしても聞かせたいらしい早苗は、雅美の頬を両手でひっぱり、しゃべられないようにする。
「わはっらわはっらいらいからはらひれ」
頬を押さえて邪魔物な友達を見つめる雅美。その目は涙をたたえても、赤くはならない。
根負けした雅美は傘たてに腰かけ、早苗を見つめる。
「んとね、試合でさ、なんか隆一君力がいい具合に抜けてる感じでさ、すごいんだよ。本当にハットトリックきめたもん。あ、三試合全部あわせてだよ?」
「へー」
――夢と真逆。
「それでね、あたし、帰る途中にさ、隆一君に言ったの。『今日の試合、すごくかっこよかったよ』って」
「いつもだよ」
「知ってるわよ。んでね、そしたら彼なんて言ったと思う? 『ありがと。んでも、悔しいな』だってさ」
「勝ったのに?」
相槌を打つと、早苗も自分の話に雅美が乗ってきたと理解し、得意になって指を立てる。
「うん。だけど『雅美ちゃんに見せられなくってさ』とか言うのよ。失礼だと思わない? せっかくあたしが応援してあげてるのにさ」
「うん……」
――私だって見たかったよ。君のかっこいいとこ。
きっとそのとき、自分は……。
暗い記憶が忍び寄りそうになったとき、早苗の手がまた袖を引っ張る。
暗闇にとらわれそうな気持ちを引っ張りあげてくれる。
そんな気がした。
「あたしが『雅美のこと好きなの?』って聞いたらなんか試合で勝ったときよりいい笑顔でさ、『うん』だってさ……」
ひとさし指が鼻の前に来る。