逃げ出しタイッ!?-52
「だって、隆一君、あんたのせいで、落ち込んで、もう、全然……、なのに逃げるの? あんた卑怯よ! せめて、隆一君に一言、っていうか、彼のことどう思ってるのよ!」
「それは早苗に関係ないでしょ? それに、本人が聞きに来ればいいじゃない。それもできないのなら、彼だって卑怯……」
「あたし、彼が好きって言った! なのに、どうしてあんたが、隆一君のこと、横から、かすめとって、それなのに、なんで、隆一君、落ち込んで……」
こらえきれなくなったそれが溢れ、こぼれ、廊下に落ちる。
「もう行くね」
早苗の手の力が弱まったのを見計らい、戒めから逃れる。
彼女の恋愛など、まだ見込みがある。
恋愛の手ほどき書には意中の相手が落ち込んでいるときこそチャンスだとあるのだし、むしろ感謝こそされて、恨まれるのは筋違い。
「待ってよ、お願いよ。待って……」
それでもしがみついてくる早苗と、それにつかまってしまう自分。
どこか未練がましくて嫌だった。
「なんでよ、早苗、もういいでしょ? 私、ここに居たくないの」
「ごめん。けど、でも、お願い……、だってさ、見送りぐらい、いいでしょ? だって、友達なのに……」
「……勝手にしなよ」
「ありがと」
振り払うことはしない。早苗は彼女のパーカーの裾をぎゅっと握ると、うつむきながら雅美の後に続く。
「っていうか、授業はいいの?」
廊下を横切るときに聞こえた英語のたどたどしい発音に、今が授業中だと思い出す。
「今、あんたをこのまま放っておいたら絶対後悔するもん」
「そう」
涙ぐむ彼女にハンカチを差し出すと、早苗は遠慮なく鼻をかんでくれた。
階段を下りる雅美。いつもなら一段飛ばして降りるのに、今はそういう気持ちになれない。
「あたしさ、振られたんだ」
「え?」
階段から滑り落ちそうになるのを手すりに掴まることでなんとか防ぐ。
ふわっとした落下感にどきっとしたものの、それ以上に彼女の切ない告白驚いた。
「隆一君に」
「そう」
立ち止まる雅美の脳裏には、日曜日の楽しそうに笑い合う二人の姿が浮かびあがる。
「なにそれ、薄い反応ね。冷たくない?」
「だって、これからがあるじゃん。邪魔者消えるんだし」
「消えないでよ」
消えるという言葉に過剰に反応した早苗はまた腕をぎゅっと掴んでくる。
自分はどれほどの腫れ物なのかと、今まさに思い知る。
まだそのつもりはない。少なくとも続く間は……。