逃げ出しタイッ!?-48
お預けになったものの、彼はきっと自分が好き。
そう確信できただけでも、十分に満足だった。
だけど、それは秘密にしたい。
とにかく知られたくない?
誰にも、絶対に。
二人だけの秘密だから。
早苗にも知られたくない。
クラスメートに知られたくない。
両親も、妹でも、絶対に、知られるわけにはいかない?
こんなことが知られたら、きっと学校に行けなくなる……。
どうして?
当然だ。
きっと皆、自分を哂い、なじり、辱め、好奇の視線を送り、たまに下卑た視線を送られる。
だから、知られるわけにはいかない……。
*−*
――夢か。
目が覚めたころにはもう日も沈んでいた。
時計は午後六時すこし前。
――秋だね。
頭が痛い。眠りすぎなのかもしれない。ただ、そんな状態には、階下から聞こえてくる怒声が響き、不快な気持ちを強めてくれる。
――んー、なんだろ? 死ねとか、殺してやるとか、なんか物騒なの。
一際大きいのは父、宮川雄吾の声。ついで、だれか大人の声。聞いたことがあるけれど遠くてわからない。
――喉渇いた。
涙を流して喉が渇くのなら、きっと食道と目も繋がってるのだろうと、雅美は一人笑っていた。
**
「おちついてください。お父さん」
「貴方、ちょっと、落ち着いて」
「ふざけるな! 娘を、雅美を! 傷物にされて! 落ち着いて茶を飲めるバカがどこに居る! 貴様らは赦せん! 殺してやる! 離せ富子、とめるんじゃない!」
階段を下りると、ようやく理解できた。
いさかいの場が生徒指導室から家にうつったのだ。
今頃になって喚き散らす父を見ると、どこか滑稽に思える。ただ、今はそれよりも空腹と喉の渇きをどうにかしたいと、惨劇を見つめていた妹に声をかける。
「智美、おなかすいたけど、ご飯は?」
「あ、おねえちゃん……、ね、パパ、ママ、お姉ちゃん帰ってきたよ!」
その言葉に争いも一時中断。父と母、引き続き井上と後藤、それに雅美の知らない人が三人と知っているのが二人、そろって彼女を見る。
「やだな、帰ったもなにもずっと寝てたよ。それよりアンタ、塾はいいの?」
「塾って、おねえちゃん、おねえちゃん!」
智美は彼女の顔を見ると急に顔をくしゃくしゃにし、そのまま雅美の手を握り、ぎゅっとしがみつく。
「おいおい妹よ。どうしたというのだい? お姉ちゃんはそんな趣味ないぞよ」
「バカ、お姉ちゃんのバカバカバカ!」
「いくらバカでもいきなりそんなことをいわれると傷つくなあ」
自分の胸で泣きじゃくる妹をなんとかあやそうとおどける雅美だが、鬼の形相でやってくる父には、さすがに怯んでしまう。
「雅美、すまない。父さん、お前のこと、守ってやれなくて、つらかったろ? お前、優しいからな、みんなのこと、心配させないって、そんな、俺たち、家族なのに、どうして……」
どこか安っぽい台詞に周囲を見る雅美。
もしかしたら何かの企画で、カメラでも仕込まれているのではないかとかんぐって。