逃げ出しタイッ!?-32
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家に着いたのはお昼を回ったころ。
日曜なら母がパートもなく家に居るのだが、今日は父と一緒に映画に行ったらしい。雅美も自分が今日陸上部の試合に行くからお昼はいらないと伝えていた。智美も朝から塾で試験勉強中。
だから気兼ねなく、
「うあああああああああん、わぁあああああああん」
泣けた。
「なんで? なんで? なんで私だけ? おかしいよ、なんでこんな悲しいの? 誰も助けてくれない! みんな私をいじめて、穢して、卑怯だ! 男のくせに! 力づくであんなこと! うあああああああああ! いやだ、やだ、やだ、やだってば! なんでこっちにくるのよ! そんな汚いものしまいなさいよ! いや、離してよ! だれか、たすけてよ!」
心の中に溜め込んでいた気持ち、怒り、悲しみ、悔しさ、嫉妬、絶望、言えなかった全てをぶちまける雅美。
涙はとめどなく流れ、高音になる悲鳴は赤子のような鳴き声のような不快感をもた
らす。
それでもやむ気配はない。
しばらくは、きっと、このまま……。
「いやだいやだいやだ! 私ばっかり! 私ばっかり! おかあさん、おとうさん、助けて、私はレ……されて、大切なもの奪われて、変なもの飲まされて、写真取られて、脅されて! もういやああああああ…………
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どれくらい泣いていたのだろう。
真っ赤になった目とはれぼったいまぶた。頬は高潮しており、鏡には不細工なふくれつらの自分がいた。
――これでいいもん。だって、どうせさ。早苗にはかなわないもん。
親友の早苗はかわいらしい子。気が利く子。積極的な子。子供っぽいけど、自分よりも……。
――こんな傷物壊れ物、誰もいらないよ。
ヤケになっていると思いつつ、彼女はお風呂場に行くと、着ていたものを引きちぎるように脱ぎ散らし、水風呂にかかわらずダイブする。
――冷たい。
飛び出したいという気持ちを抑えながら、体育座りをする雅美。水面は鼻先まできており、たまに息をすると水が入る。
――苦しいな。このままじゃ溺れちゃう。
ある種の絶望をしている彼女に、その先の恐怖などない。それはただの想像力の欠落に過ぎないが、齢十六にして耐えかねる悲劇を後ろに背負い、淡い恋にも希望が無く、これからを歩む気力も生まれない。
――死んじゃったらみんな悲しむかな。あーあ、一度でいいから、ちゃんとした恋、してみたかったな。
鼻から水が入り、じんと痛くなる。その苦しさから大きく呼吸をしてしまい、気管に入り込む。