逃げ出しタイッ!?-10
「ね、やっぱり雅美も隆一君狙ってる?」
「そんなこと、ないよ」
一方の雅美は恋に奥手なほう。本当は隆一に気があるのだが、なぜか彼を前にして踏み出せず、素直になれなかった。
「じゃあさ、私のこと応援してよ。ね? ね? お願い」
「……うん。わかったよ」
正直なところ断りたい。けれど、それ以上に心配ごとがある。
それは昨日の出来事。
手淫の手伝いとイマラチオ。それはあくまでも約束をしたから。
けれど、本当にこれで終わりなのだろうか?
どこかひっかかる気持ちがある。
――やだな、部活。
今すぐにでも退部届けを提出したい。けれど、後藤にそれを伝えれば責任感の強い彼のことだ、理由を聞いてくるのだろう。
ならば本当のことを話せばいい。
そうすればきっとやめられる。けれど、人の口に門戸は立てられない。誰かが知れば、さらに別の誰かが知ることになる。
だから言えない。
相談すらできない。
そして、仕返しが怖い。
「ね、どうしたの? 雅美。なんかぼうっとしちゃってさ」
「うん、最近部活で疲れることあって」
「ふーん。大変なんだね」
訝りながらも早苗もそれなりにお疲れの模様。もうあと五分もすれば始まるホームルームに備え、席に戻ってお休みタイム。
朝は休むのにも忙しいのだ。
*−*
「雅美ちゃん、飲み物頂戴よ」
「ヒィッ」
背後からの昇の声に身体を強張らせてしまう雅美。それでも他の部員に気づかれぬよう、勤めて冷静になり、クーラーボックスから二リットルのペットボトルを出す。
「どうぞ、先輩」
恐る恐る紙コップを差し出すも震えは隠せず、波打つ水面が外へと跳ねだす。
「お、サンキュウ」
当の昇は意に返すこともなく、それを受け取るとごくごくと飲みこむ。
腰に手をあて一気飲み。ほかの部員に野次をとばしたり談笑している昇は、昨日とは別人のような態度。もしかしたら昨日のことは夢だったのかもしれないと思い始める雅美。
しかし、
「雅美ちゃん、今度また休みたいときもいいなよ」
すれ違いざま、不穏なことを言う彼に雅美はしばし、瞬きを忘れた。