やっぱすっきゃねん！Ⅲ⑭-8
３番は一ノ瀬。いつもはポイントゲッターである達也の後を打つためか、先制のチャンスに緊張が走る。
それはピッチャーも同様だった。したたる汗をアンダーシャツで拭う顔は険しい。
開始からわずか数分でピンチを迎えるなど、地区大会ではなかったことだ。
その初球。ボールは外角。だが、狙いよりわずかに高く浮いた。
一ノ瀬はその球を見逃さなかった。力任せに叩くと、打球はレフトに高く舞った。
レフトは数歩後退してボールを掴んだ。佳代はタッチアップから余裕でホームを踏んだ。
青葉中のベンチは、皆が佳代と一ノ瀬に両手をかざす。
２人は笑顔でハイタッチを繰り返し、最後は互いに手を合わせた。
「ナイスバッティング！」
佳代の言葉に、一ノ瀬は照れた表情だ。
「打点を挙げるなんて久しぶりだッ」
「いつもは達也の後だからね。でも今日はやれるよ。いつもの繋ぐバッティングやれば」
「そうか？」
自信の無い顔の一ノ瀬。
「なにビビってんの。自信持ちなってッ！」
佳代はそう云うと、一ノ瀬の肩を思い切り叩いてベンチ奥に下がった。
１アウトライナー２塁でバッターは４番の達也。誰もが追加点を期待したが、レフトフライに終わった。
５番は加賀。地区大会では主に８番を打っていたが、活躍が認められて今回、クリーンアップに抜擢された。
初球を外角のカーブ、２球目を外の真っ直ぐで２ストライクとした３球目。
キャッチャーはサインの後、ミットを内角に構えた。
ピッチャーは渾身の力でそこに投げ込んだ。
（これだッ！）
加賀の身体が反応した。小さなステップと振りでボールを弾き返した。
打球が３塁ライン際に飛んだ。サードは横っ飛びで捕りに行くが、ボールはそれよりも早く外野に達していた。
ボールはファウルゾーンを転がり、フェンスでバウンドする。
２塁ライナー乾は、３塁を越えたあたりからスピードを緩め、余裕を持って２点目のホームを踏んだ。打った加賀も２塁に達していた。
再び盛り上がる青葉中ベンチ。
「出足好調だねッ！」
「ああ、後はアイツの出来次第だな」
佳代のとなりに座る達也がアゴをしゃくった。その先には、打席に着いた稲森がいた。
その初球。内角の棒球を思い切り空振りすると、佳代も達也も顔を曇らせる。
「大丈夫かね？あんなに力んじゃって」
「最後に投げて１０日近く経ってるからな。緊張してんだろ」
そう話しているうち、稲森は２球目のスライダーを叩いてファースト・ゴロに倒れた。
「さあ、行くぞッ」
達也は、稲森のグラブを持ってベンチを出た。
佳代も外野用グラブを着けてベンチを出ようとすると、
「しっかり守れよッ！エラーなんかすんじゃねえぞ」
直也が声をかけてきた。
佳代は身体を反転させ、バックでベンチから遠ざかる。