やっぱすっきゃねん!VM-3
「えっ?じゃあ、明日の先発は省吾さんなの」
夜の澤田家の団らん。となりに座る修は、佳代の言葉に耳を疑った。
「そうだよ。明日の芦屋中は6人が左バッターだから、先発は直也じゃなくて省吾って云ってた」
「でも、初戦投げれないなんて。直也さん、がっかりしてるだろうな」
通常、大会の初戦はチームのエースを立ててくるものだ。
それを敢えて崩してくるのは、よほどの実力差がある場合か秘策のある場合だ。
今回、青葉中の場合は後者の方だろう。
「ところでさ、姉ちゃんは明日も守らないの?」
「さあ…監督は先発ピッチャー以外は云わなかったし、どうかな?」
修は、気にした様子も見せない佳代の態度に腹が立つ。
「姉ちゃんがそんなだから使ってもらえないんだよッ。もっと自分からアピールしなきゃ」
焦れったさに、つい、語気が強くなる。以前の佳代なら、云われるまでも無く不満に思っていただろう。
しかし、今は違った。
「修…わたしは今のままで満足してるよ」
そう答え、真っ直ぐに弟の目を見た。
「野球はね、9人だけでやってるんじゃないの。中継ぎや抑えはもちろんだけど、代打や代走、それに守備だけだって、試合に関われば全力でプレイしてチームに貢献するの。
だから、わたしは中継ぎに使われたら、必死にやる。恥ずかしいなんて思ってないよ」
答えた佳代は、自信に満ちていた。
食事に風呂を終えて子供逹が居なくなり、加奈と健司はリビングで寛ぎのひと時を過ごしていた。
「あの子があんなこと云うなんて」
「自分ながらに、何かを掴んだんじゃないかな」
2人は、ビールを飲みながら娘の成長を喜んだ。
「ああいう考えなら、これからも頑張れるわ」
「ボクには、先日の秋川って子がきっかけに思えたんだけど」
「わたしもそう思う。あの日から、顔つきが変わったもの」
「じゃあ、あの日の“気まぐれ”もメリットがあったんだね」
夫婦が嬉しそうに語り合ってる時、当の佳代は、自室で明日の準備にかまけてた。
グラブやスパイクを念入りに磨く姿は、楽しそうに映る。
「明日は初戦だから…きれいにしないと…」
そんな時、修が部屋に現れた。
「どうしたの?」
修が現れるのは頻繁だから驚かない。が、その思い詰めた表情に佳代は戸惑いをみせた。
「姉ちゃん、さっきはゴメン」
そう云って頭を下げた弟に、益々、戸惑う佳代。
「さっきの事なら気にしてないよ」
弟の気の遣いようを、佳代は優しく受け止めるが、修は小さく頭を振った。
「違うんだ。姉ちゃんに云われた時、ドルフィンズで藤野コーチに云われたことを思い出したんだ」
佳代の背中を追って同じ野球グラブに入った修。
しかし、小学校5年になるまで試合に出してもらえなかった。