やっぱすっきゃねん!VM-2
初戦に向けたすべての練習を終えた夕方。
「秋川君、凄かったね」
「ああ、やっと掴んだチャンスなんだ。必死にもなるさ」
いつもの帰り道。佳代と直也は互いに微笑んでいる。
「アイツは元々、守備は良かったんだ。バッティングがマズくてレギュラーを外されたんだからな」
「でも、その後のバッティング練習も良かったよねえ」
それは、守備練習を終えた秋川がバッティングを行った時、鋭いライナー性の当たりを何度も放っていたのだ。
「レギュラー復帰もあるかな?」
佳代の問いかけに直也は小さく頷いた。
「明日、どっかで使うんじゃないか。上手くいけば、二遊間に厚みが出るからな」
「だといいね。あんなに苦労してんだもん」
「なるよ。必ず必要になる」
いつもの分かれ場所、校門を前にある坂道。
「じゃあね」
「ああ、明日な」
佳代は自転車で下り坂を、直也は反対側の上り坂を帰って行った。
2人が仲間のことを喜ぶ以上に、1番嬉しかったのは秋川本人だった。
彼は自宅に帰ること無く、その足で両親の働く店に向かうと、
「父ちゃんッ!今日、レギュラークラスの練習をやったんだッ」
開口一番、感情を爆発させた。
「良かったじゃない進ッ!」
カウンター向こうから現れた母親は、素直に喜んだ。息子の努力する姿を知っていたからだ。
「今日、監督がテストしてくれたんだ。オレはやれたと思ってるよ」
「進…」
その時、カウンター向こう、厨房から低い声が聞こえた。
「そんなことで浮かれてないで、やることをやらないと、仲間の足手まといになるぞ」
手放しに喜ぶ息子に冷水を掛けるような父親の言葉。
「わ、分かってるよ…」
秋川は厳しい声に少し悲しそうな顔を見せたが、すぐに気を取り直すと、
「分かった!家でバット振ってるから」
笑顔で店を出て行った。
「あなた。あんな云い方しなくったって」
厨房に戻って来た母親が、父親に思いを告げた。
父親は仕込みの手を止めた。
「この4ヶ月。あいつは必死にやってるんだ。こんなところで褒めてやったら、あいつは努力を怠るかも知れん。
褒めてやるのは、すべてが終わった後だ」
長年、職人として料理に携わって来た父親らしい言葉だった。