やっぱすっきゃねん!VM-18
7回裏。マウンドには佳代が立った。
スコアは6‐2。前の回は中里が0点に抑えた。ファーストには直也が、センターは淳が、そしてライトには川畑が守備についている。
投球練習を終えて、佳代は緊張していた。
久しぶりの公式戦。練習では大分、復調はしたが、本番では未知数だ。
そこに達也が近寄って来た。
「佳代…」
いつもは笑顔なのが、今日は真顔で前に立っている。
「…な、なに?」
恐る々訊いた。すると達也は一転、白い歯を見せて佳代の脇腹をくすぐった。
「アハハッ!…何すんだッ!」
脇腹を押さえて逃げる佳代。対して達也は笑顔で答えた。
「そんなに緊張してちゃ、力が発揮出来ないぞ」
「だからって、こんな場所でくすぐるなんて…」
「練習通りにやりゃ打たれはしない。変に力むなよ」
達也はマウンドを降りた。
(…まったくう、真顔で来るから何かと思えば、子供みたいに…)
佳代の中にあった妙な緊張は薄らぎ、替わりに勝負への緊張が湧き上がる。
打順は1番から。
(3球勝負でいってみるか…)
達也のサインは内角高めの真っ直ぐ。佳代は頷くとセットポジションに構えた。
右足が地面を離れ、ひざが胸元近くまで上がった。ふくらはぎが腿の裏に付きそうなる。
折り曲げた右足を空を蹴るように伸ばし、腰を一瞬、反転させてから一気に正転させ、マウンドの窪みをスパイクで掴んだ。
バッターは右足を引き、上体をわずかにひねる。
佳代は前に突き出した右手を一気に胸元へ引き戻し、背中を弓なりにしならせ、ボールを持つ左腕を頭の後ろに引き上げた。
バッターのバットがトップの位置で止まった。
佳代は、腰の回転を上体に伝えて体重を右足に掛ける。
バッターは右足をステップさせ、バットを強く握った。
しかし、ボールが来ない。佳代は、より上体を倒し込み、腕をムチの様にしならせて投じた。
低い軌道から投じられたかと思うと、ボールはすでにバッターの目の前に達していた。
バッターは、唖然とした表情でボールを見逃した。
(ボールのスピード、キレとも最高だな)
マスクの中で達也は微笑む。それは、スタンドで見つめる一哉も同じだった。
心地よい緊張の中で、佳代は夢中で投げた。
芦屋中のバッターは、ひとりとして当てることも出来なかった。
かくして、青葉中は1回戦を突破した。