やっぱすっきゃねん!VM-13
「あいつ…あの肩…」
しかし、直也に下賀茂、中里など、ベンチに控える仲間たちは今のプレイに唖然とした。
「おまえ、今の送球。いつからなんだ?」
直也は驚きを隠せない。
だが、佳代には何のことだか分からなかった。
「何のこと?」
「何じゃねえよ。おまえ、ライトからサードまでダイレクトに投げたよな」
「ああ、アレね」
意味が分かっても笑っている。
「“なんとかしなきゃ”って思ったらさ、何となく投げれたんだ」
「でも、60メートルはあったぞ。それも、あんな低い軌道で…」
「だからさ。人間、切羽詰まったら持ってる以上の力が出るんじゃない?」
佳代は気にした様子もない。
(切羽詰まって投げれるモノじゃねえ…)
見せられた1プレイに、直也の興奮は治まらない。
そして、もうひとり。スタンドから見つめる藤野一哉は、佳代がサードに投げた瞬間、身をのり出していた。
「どうしたんです?急に」
となりに座っていた尚美と有理が訝しがる。一哉は“何でもない”と云って席に着くと微笑んだ。
(練習の賜物か…)
一哉は満足気な顔で頷いた。尚美と有理には、それが尚更、不可解に映った。
4回表。打順は4番の達也から。加賀と2人、ネクストで素振りを繰り返す。
「エラー絡みとはいえ、1点差になったからな」
キャッチャーとして、点を与えたことを恥じていた。
「バッター・ラップッ!」
主審に促されて右打席に入った。
(さっきは真っ直ぐだったな…)
その初球。芦屋中バッテリーは、打ち気を逸らすためにカーブを投じた。
しかし達也は、それを待っていた。外へと逃げるボールを叩くと、打球はライト前に転がった。
「ヨシッ!先頭が出たぞッ」
永井は再びバントを試みる。加賀は打席に入ると、バントの構え。それを見たファーストとサードは、定位置より前で構えた。
ピッチャーはセットポジションから達也を見る。リードは大きくない。
ファーストに向いた視線が切れると同時に左足が上がった。
ピッチャーの動きに合わせ、ファーストとサードが前に突っ込む。
加賀はバットを引いた。キャッチャーは中腰でボールを捕ると、素早い動きから1塁に投げた。
矢のような送球。達也は慌てて1塁に飛び込んだ。
カバーに入ったセカンドがタッチするが、塁審は両手を左右に広げた。
加賀の目の前には、走り込んできたファーストとサードが立っていた。
(今のタイミングじゃアウトだな…)
送りバントに対する俊敏さ。ランナーの隙を見逃さないプレイが、青葉中にプレッシャーを与える。
まさに、守備練習をきっちりとやっていた証拠だ。
永井は作戦を変えた。