恋人が友達に変わるときワインをどうぞ-1
恋人が友達に変わるときワインをどうぞ
離れて初めて知ること。
失って初めて分かること。
多分、全てがそういうものかも。
離れてみて、初めて、
視える。
聴ける。
話せる。
納得出来て理解できるなんて、そんなことが。
よく一緒に来た店なのに、まるで初めて来たみたいだった。
あの頃と同じワインと同じ料理なのに、全てが違うように感じる。
グラスを見つめながら彼女は云った。
『会いたいときに、逢えない。話したいときに、話せない。聞いて欲しいときに訊いてもらえない。だから、もう、要らないと思ったの。一緒に居るはずなのに、一緒じゃないもの。独りなら我慢できるのに、独りじゃないから我慢できなかった。仕事が大変なことくらい分かてた。仕事と私、なんて……云々を言うつもりは無かったけれど、一緒に居て欲しい時に限って何時も会えない、話せない。だから……、諦めた』
あの頃のオレ、確かに忙し過ぎた。
そう云って、ピアニストの彼女はまた話し出した。
『コンサートが近くなる度に、全神経を集中する私を知っているから電話やメールを寄越さない気遣いには感謝していたわ。だけど、やっぱり欲しかった。何年も前にコンサート前に電話くれたとき、コンサートのプレシャーからやり場が無くて終わるまで私には構わないで! て、言ってしまったことが。それからは絶対にコンサート前に連絡しなくなったね。そうお願いしたのは私。以来、コンサートに関係なくアナタからの連絡のよりも私の方からが多くなったよね。今日もそう。だけど今日はいっぱい話せて良かった。ありがとう。ずっとアナタは、仕事のことは何も話さなかったけど、もしも、話したいなって、思うようなことがあったらその時は連絡欲しいな。いっぱい聞きたいな。もう、カノジョじゃないけれど、ワタシたち……友達だよね?』
別れた彼女のことは今でも忘れてなんかいない。だけど、別れた時に全てを断ちきらないと、立ち直れない位のちぎれるような想いを擁いていた。
彼女の中に自分は最上位の存在で在りたかった。彼女もまたそう想っていたと想う。
お互いに、同じように。
会いたい気持ちや甘えたい気持ちと同じくらい、自分の仕事に対する思いが存在していて、そもそも同じ土俵で立つはずもないことを比べてみたり、優劣をつけてみたくなったり。でも恋をするっていうのはそんな繰り返し、正解のない自問自答に苦しんだ挙句、一番大切なひとを責めてしまうのかもしれない。
別れたカノジョと『友達』になったことなんて、一度もない。だけど、
『うん。そうだね。その時はオレの話訊いてくれよな』
と、答えていた。
友達も良いかもしれない。
ルミナリエの輝きがワイングラスに散りばめられていた。(了)