隷従一 白日夢 第四章:再びのミドリ編-6
「おい、おい。それは・・」
無言のまま、ミドリは俺の両手に手錠をかけてきた。
有無を言わせぬ所作で、抵抗する間もなかった。
いや、俺自身が経験してみたいという思いがあった。
そうすることにより、女の気持ちが分かるかもしれないと考えた。
「ふふふ・・。」
悪戯っぽく笑うミドリは、もうあの夜のミドリではなかった。
わずかふた月の間に、これ程の変身を遂げたのか、と驚かされた。
もう一人前の夜の蝶になっていた。
下着にしてからが、定番の黒のレース地だった。
“先生だけです。”と言うミドリだが、どうやら幾人かの男を知ったようだ。
裏切られたような気もしたが、責めるわけにもいかない。
それが旦那の浮気への当てつけなのか、幾ばくかの金員の為なのか。
それとも俺とのセックスで女に目覚めたのか。
何とも妙な心持ちになった。
それにしても、手錠をかけられた状態というのは不安なものだ。
手錠がベッドの両端に取り付けられているが為、身動きがとれない。
何をされても、抵抗が出来ないのだ。
しかし不思議なもので、俺の逸物は既に臨戦態勢に入っている。
期待感と表現すべきか、いや未知なる世界への憧憬とでも言うべきか。
不思議な感覚だった。
その時、俺の脳裏にまざまざと浮かび上がるシーンがあった。
俺のやり場のない怒りにも似た思い。
焦燥感とでも言うべき思い。
分かってはいたのだ、認めたくなかったのだ、その原因を。
先日観た麗子主演の『陵辱』なのだ。
覚悟を決めたつもりではあったが、余りにも衝撃的すぎた。
映画批評では「凡庸だ」とあるが、この俺には衝撃以外の何ものでもない。
確かに、その系統の小説では更に激しいプレイが描かれてはいる。
カットされているであろう映像を、思い浮かべるからではない。
上映された映像だけで、俺は吐き気を催した。
これが他の女優ならば、
“何だ、こんなものか!”と、吐き捨てたかもしれない。
俺の知る、俺だけが知る麗子は、激しい一面を持ってはいた。
俺がたじろぐ程のセックスを、仕掛けてきたこともあった。
勿論、今の俺ならば何の躊躇もなく受け入れられる。
しかし若かったあの頃の俺には、唾棄すべき行為に思えた。
今それを眼前にした俺は、麗子の体を呪った。
この豊満な肉体を与えた神に対して、激しい憤りを感じた。
“何故だ!麗子の求めたものなのか、これが。
日々、熱っぽく語り続けた麗子の求めたものなのか。
いや、辿るべき道なのか。”
確かに、大女優と呼ばれている女性達も、激しい濡れ場シーンを演じはしてきた。
しかし、・・。麗子には、辿って欲しくない道だ。
そんな役に無縁な大女優だっているじゃないか。
・・、やはり麗子の肉体のせいか。
あのプロポーションが、仇となっているのか・・。
“やめろー!麗子、麗子ぉ、お前はそんな女じゃないだろうが!
麗子ぉ、もういい、帰ってきてくれえ、、頼むよおぉ、、”
危うくスクリーンを背にして叫びかねない衝動を、抑えた俺だった。