ピリオド 中編-4
「…ところでさ、後ろの人は誰?」
ごまかしの言葉に、今度はオレが絶句した。振り返れば、後輩が遠まきにして様子を伺っていた。
(しまったッ、あいつの存在を忘れてた)
オレは、テーブルを離れて後輩に歩み寄る。
「よ、吉川。ちょっとオレは、あの人と話があるんだ」
「…先輩の彼女ですか?」
探るような目が苛立ちを助長させる。
「そんな良いモンじゃねえよ。すまないが…」
「分かりました。むこうのテーブルに居ますから」
「すまんな」
精一杯の笑顔で後輩を見送り、ウェイターにオーダーを入れてテーブルに腰掛けた。
「一旦、実家に帰ったのに、何故、わざわざ此処に?」
「実家に帰ってもさ、平日は誰も居ないじゃない」
「当たり前だろ、2人共勤めてんだから」
「だから、ショッピングにでもと思ったの。そしたら此処を見つけたわけよ」
さも楽しそうに語る亜紀に、オレはわざとらしく溜め息を吐く。
「何でそんなイヤな顔をするの?」
「“運命の悪戯”に呆れてるのさ」
「何云ってるの?食事の時はね、楽しくなさい。暗い顔して食べたって美味しくないわよ」
あきれる程のオプティミストぶり。これも初めて見せられる姿だ。
「…分かったよ。姉さんには負けたよ」
怒っていることがバカバカしく思えてきた。
料理が運ばれてきた。
4種のアンティパストとパスタ。亜紀に云われるまでもなく、味に頬が緩んでしまう。
「そうそう。にこにこしながら食べるの。むかし、ごはんの時のアンタの顔、本当に嬉しそだったわ…」
視線を遠くに向けた顔は、“あの頃”を彷彿とさせるようにオレには輝いて見えた。
食後の飲み物が運ばれてきた。オレには冷えたコーヒー。亜紀にはハーブティー。
冷たさと苦みが口に広がり、料理の味を洗い流す。
「ところで姉さん、カギを貰っておこうか?」
そうすれば、仕事終わりに実家に寄らないですむ。
「えっ、何で?」
「…な、何でって…」
これにはさすがに呆れた。
「カギを持ってんだろ?」
「持ってるわよ」
「だったら返してくれよ」
「ダメよ。この後、寄らなきゃならないんだから」
「何しに行くんだよ?」
嬉しそうにお茶を飲みやがって、オレをからかって楽しんでやがる。
「アンタが出て行って直ぐ、洗濯物とお布団を干したの。
もうちょっとしたら、取り込みに行かなくちゃ」
「…そりゃどうも…」
結局、実家に行かなきゃならないのか。
「…さっきのひと、来てるわよ」
振り返れば、食事を終えた後輩が待っていた。
オレは席を立ち、亜紀のそばに寄った。