所謂恋愛喜劇2-1
前回のあらすじ
掲載済みの『所謂恋愛喜劇』を読みなせぇ(やっつけ)
高校の屋上。
そこから見える木々は既に紅葉して、秋の訪れを物語っている。
少しだけ、風も肌寒くなっていた。
そんな屋上で、一組の男女生徒がベンチに座っている。
「ん……ここで食うのもそろそろ無理かもな……」
男子の方……都築 武(つづき たける)が、少しだけ顔を顰めながら言った。
「やっぱりそうかなぁ……ちょっと寒いもんね」
女子……藍沢 茜(あいざわ あかね)も、少し震えながら同意する。
茜の高校に武が転校してきてから、早くも五ヶ月が過ぎようとしていた。
『友達』になった二人は、時々こうして二人で昼食を共にしているのだ。
さすがに毎日は、茜も女友達との付き合いがあるので無理。
そして武は、茜の誘いにも関わらず、女友達と一緒に昼食を食べようとしない。
まぁ、男が自分だけというのが気恥ずかしい所為だろう。
「風さえ吹かなきゃ、まだあったけぇんだけどな…お、サンキュ」
言って、武は茜から弁当を受け取る。
今日は、特別に茜が弁当を作ってきたのだ。
普段は彼女自身の弁当も、彼女の母親が作っているのだが……
「…あんまり自信ないんだけど…どうかな……?」
「まぁ、そう言うなって。食えりゃ良いからよ」
カラカラ笑いながら、武が言う。
さすがにそういう言い方だと、みもふたも無い。
「うぅ……きっと美味しいんだからねっ?」
頬を膨らませた茜が、拗ねたように言う。
それを見て笑いながら、武は弁当の箱を開けた。
「まぁ、食えば判るさ。…そうだ。一つ、お前に言っとかなきゃいけない事が………」
言葉の途中で、ふと弁当の方に視線を落とす武。
その瞬間、彼は固まっていた。
「……ん、どうしたの?」
心配そうに、声をかける茜。
「………これは……なんだ……?」
弁当の中に広がる異世界を見ながら、武は呟く。その額を、一筋の汗が流れ落ちた。
その表情には『戦慄』という言葉が一番相応しいだろう。
「え?お弁当だよ?ご飯と、から揚げと、その他色々でしょ?」
事も無げに言う茜。彼女の母親が作った弁当はまともなのに、何故気付かない?
武の目には、どう見てもそれが食べ物とは思えない。
「ちょっと焦げちゃったけど、味は問題ないかなぁって……」
照れくさそうに、茜が笑う。
武は、笑わない。いや、笑えない。
「…焦げ…いや……こ……いやいやいや…………」
小さく、武は何かを呟いている。
「…食べないの?」
「………」
沈黙。
「………んなもん人に食わせようとすんなぁぁあああっ!」
間を置いて、彼の怒りは爆発した。
ちゃぶ台でもひっくり返しそうな勢いである。
「そぉいう事は、食べてから言ってよねっ!?」
これを食えというのか。これを。
「こんなん食えるかっ!猫の餌のがまだマシだぞっ!」
「っっ………!」
そこで、茜の勢いが止まった。見る見るうちに、目に涙がたまっていく。
そしてその瞳で武を睨みつけ……
「なによっ!馬鹿ぁあっっ!」
武の頬を、思いっきり叩く。いわゆる平手打ち、という奴である。
「ぐはァっっっ!?」
喰らった武は、衝撃で首が妙な角度に曲がっている。
そんな武に目もくれず、茜はきらきらとした涙を溢しながら走り去っていった。
…………。
そして訪れる静寂。
「……ぅ…」
ゆっくりと、武は自分の頭に手をかける。
「ふんっっ!」
そして気合と共に、首を正常な向きに戻した。
どうやら茜と知り合って五ヶ月、丈夫さに磨きがかかったようだ。
「…………」
ぽつんと取り残された、武と弁当。
ぼんやりと弁当を見つめ、武は思い出す。
平手打ちを繰り出した茜の手が、包帯と絆創膏だらけだった事を。
「……チッ…くしょう………」
大分苦労したのだろう。
そう思うと、さっきの自分のセリフに対して、怒りがこみ上げてくる。
『ガッ』と、怒りのままに箸を取る武。
そしてそのまま、がつがつと弁当をかっこみ始めたのだった。