所謂恋愛喜劇-5
『あたしが友達になってあげようか?』
そんな言葉が、胸の奥に湧いた。
「んだよ?らしくねぇぞ、デストロイヤー?」
そんな茜が気になったのか、武はからかうように言う。
「もうっ!そうゆう呼び方、止めてよねっ!?」
ぷぅっと頬を膨らませ、茜は怒りを表現する。
それを見て、武が笑った。益々不機嫌になる茜。
ひとしきり笑うと、彼はふっと笑い方を変えた。
からかうようなものではなく、もっと大人びた笑み。
「判ったよ、藍沢。」
その口から紡がれた言葉の響きに、茜は一瞬我を忘れてしまった。
包帯だらけの顔ではあるが、武のその笑みは十分すぎるほど茜の心に焼き付けられた。
茜は、少しばかりドジでコドモな高校二年生の女のコ。
だから、この感覚もよく判らなかった。
「名前…知ってたんだ……」
何となく目を合わせられず、茜は目を逸らす。
「ホームルームで、担任が言ってたろ?」
「そういえば、そう、だね…」
言葉も歯切れが悪くなってしまう。
「……?」
そんな茜に、武は怪訝そうな眼差しを向ける。
そしてふっと視線を外すと、寂しげに笑った。
「やっぱ、俺なんかと居てもつまらねぇか。つき合わせちまって悪かったな…よっと。」
言って武は身を起こし、砕けた弁当を包みに包む。
「え!?違う、違うの!」
大した時間もかけず弁当を包み終わった武は、そのまま松葉杖をつき立ち去ろうとする。
茜は慌てて弁当をしまい、それを追いかける。
『良かったら友達になろ?』
先ほどより強い願望を胸の内に抱いて。
そして階段に差し掛かった辺りで、ようやく茜は武に追いついた。
「ちょっと、待ってってば!」
なんとか武を止めようと、茜は武に飛びついた。
「うおっっ!?」
勢いで階段から足を踏み外す武。当然、茜もセットである。
「うわわわわわわわわっっっ!!」「きゃあぁぁああああっっっ!?」
悲鳴を上げ、転げ落ちる二人。
やがて、『ドスン!』と踊り場の壁に叩きつけられる。
「……?」
恐る恐る目を開ける茜。不思議と、痛みは無かった。
「ったく…なんなんだお前は!?」
すぐ近くで聞こえる怒鳴り声。
見れば、武が茜を抱き締めている状態だ。
恐らく茜にダメージが無かったのは、武が庇ってくれたからだろう。
「…う……ごめん………ぅ……」
さすがに逆ギレする事もできず、素直に謝る茜。
こうゆう状況で言う筈じゃなかっただけに、思わず泣けてくる。
ぽろぽろ、涙が零れてきた。
「っておいおい、どっか打ったか!?怪我ないか!?」
そう言って茜をそっと立たせる武自身は、満身創痍だ。
だくだくと、頭の包帯が赤くなっている。
そんな状態で人の心配とは、とことん丈夫に出来ているらしい。
「う、うん……」
「そうか……ったく、なんで自爆するような事すんだお前はっ!」
相手が無事だと判るやいなや、即座に攻撃的な口調になる武。
「…だって……都築君が行っちゃうと思って………」
消え行くような声で、茜が言う。
そんなリアクションが返ってくると思っていなかっただけに、武も気勢を削がれてしまう。
「…んだよ、俺に行って欲しく無かったのか?」
少しだけ穏やかな口調になって武は言う。
「……うん………」
こっくりと頷く茜。
「………ったく、何でそれだけでこんな無茶するかなぁ……」
どう答えて良いか判らずに、頭をかく武。
「あのね……っく…友達にね…っく…なりたかったの…」
しゃくりあげながらも、茜は最後まで言葉を紡ぐ。
「…………そっか。」
武は、今度は照れたかのように、頭をかく。
「いきなりどっか行こうとして、わりかったな。」
松葉杖を支えにして立ち上がり、すっと、武が手を差し出す。
少し戸惑って、茜はその手を握り返す。
その手は大きく温かくて、茜の中になんともいえない幸福感が広がる。
「これで、俺とお前は友達だ。俺の事は武で良い。」
口許を緩め、武は茜の目を見つめながら言った。
「うんっ!あたしの事は、茜で良いよっ!」
泣いたカラスがなんとやら。満面の笑みを浮かべて、茜も言う。
その笑顔は、男を思わずクラッとさせるような、魅力的な笑みだった。
「っ……!」
武が、よろめいた。どうやら、茜の笑みにクラッときてしまったらしい。
「えっ?ちょっと、武君っ、なんでいきなり倒れ……そっちは階段だよぉぉぉおっっ!」
………別の意味で。