やっぱすっきゃねん!VL-1
「ラストッ!」
キャッチャー下賀茂は低く身構えた。ミットの位置は外角低め。
佳代は右足を胸の近くまで振り上げると、大きく踏み出して強く左腕を振った。
勢いのいいボールが放たれた。低めから伸び上がるようにミットに突き刺さる。
掌に受けた衝撃に、下賀茂は小さく頷いた。
「ナイスボールです。澤田さん」
ボールが投げ返される。グラブで受け取る佳代の顔も満足気だ。
「ありがとう。わたしもそう思う」
「これなら、県大会でもイケますよ」
「だといいんだけどね」
2人は、クールダウンのキャッチボールを始めた。
「何か気になるんですか?」
下賀茂が心配そうに訊ねる。
「ずいぶんキレは戻ったけど、あの時と比べたら全然…」
あの時。一哉が所属していた社会人選手を相手に、互角の勝負ができた時の事だ。
最初の強烈な印象があるから佳代には、もの足りなく感じてしまう。
気持ちを察した下賀茂は、すかさずフォローする。
「大丈夫ですよ。短い間でこれだけ良くなったんですから、すぐに戻りますよ」
「うん、そうだよね」
クールダウンを終えた2人は、グランドに戻るとバッティング練習に加わった。下賀茂はバッターとして、佳代はライトの守備として。
先日の家出事件からの翌日。チームは、県大会に備えてバッティングや守りの細かい連係を繰り返すという、比較的軽めの練習を行う中、佳代はひとりハードに動き回っていた。
永井の了承にて倍の球数を投げ込みするのはもちろんだが、走り込みに守備、バッティングと冬場の強化時期並みの練習をこなしていた。
そんな姿を見た永井は心配になった。1度は佳代の訴えを認めたが、高負荷なトレーニングを続ければ、身体への疲労が半端ないことは想像に難しくないし、強いては故障につながりかねない。
1日目を終え、彼はコーチの葛城に頼んで、そのあたりを探ってもらった。
すると佳代は、
「コーチあのね、わたし、目標が出来たの」
そう云ってにっこりと笑った。
「目標って?」
訊き返す葛城に、佳代は想いのたけを伝える。
「なるべく早い時期に調子を戻して、チームの役に立ちたいんです」
「でも、地区大会でもそれなりにやってきたじゃない?」
励ましの声をかける葛城に、佳代はゆっくりと首を振った。
「たぶん、今のままじゃ通用しません。それに、1度は投げれたんだから、必ず戻れるハズなんです」
熱く語って目を輝かせる。そんな表情に、葛城は何も云えなくなった。
小さくため息を吐き、柔らかな眼差しで肩に手を置いた。
「分かったわ。頑張ってね」
「…は、ハイッ!ありがとうございますッ」
その日から2日間、佳代は自分を追いつめる練習に明け暮れていた。