やっぱすっきゃねん!VL-9
「うぐッ!」
尋常でない奇声に、永井や葛城をはじめ、部員の目までが佳代に集中する。
「澤田、どうかしたのか?」
「いえ…何でもないです。すいません」
永井の目は、しばらく佳代を捕らえていたが、やがて何事も無いと分かると、
「じゃれ合って変な声を出すなよ」
「す、すいません…」
すぐに視線を外した。それに伴い、周りからの目も、徐々に離れていった。
解放されたのを見計らい、今度は尚美の視線が佳代に向いた。
「アンタうるさいのよッ!」
声を殺して本人にだけ伝えているが、その形相は明らかに怒っている。
「…そんな、グーで殴んなくったって…」
よほど痛かったのだろう。脇腹をさする佳代の眉間には、浅いシワが浮かんでいた。
「殴られるようなこと云ったじゃないッ」
「分かったよ。ごめん…」
席へと続く階段を上がりながら、佳代は頭を下げた。
「でもさ。云いかたは悪かったけど、挨拶に行こうってのはホントだよ」
「いちいち口にしなくてもいいの。当たり前じゃない、そんなこと」
少し照れた顔の尚美。面りにした佳代は、心落ち着かずに有理の方を見た。
すると、有理も佳代を見ていた。つぐんだ口唇の口角をあげ、大きな瞳で覗き込んでいる。その表情は“よかったね”と聞こえてきそうな笑顔だった。
(…確かに、直也が好きになるはずだ…)
佳代は知っている。有理の性格を。自分や尚美以上に激しい内面を。
いつも成績はトップクラスで周りを見下している。そんな一面を持ちながら、有理はとても思慮深い。
自分や尚美は波長が合うのか、つい、お互いを突っ込むのだが彼女は違う。いつも1歩下がった位置で笑っているだけだ。
でも、2人に良いことがあると手離しに喜んでくれる。
佳代の中に、ある思いが浮かんだ。
「皆んなで挨拶行こうよッ!直也も連れてさ」
「なんで直也も連れて行くの?」
意図の読めない尚美が訝しがる。
「さっき、光陵高校に行ったって云ったじゃんッ。その時は、直也も一緒だったんだよ」
すかさずフォローする佳代。もちろん、本心は違う。
「ちょっと行ってくるッ!」
そう云うと、前を歩く直也の元へと駆けて行った。
「直也ッ!」
聞き慣れた声が後方から掛かる。
「なんだ?」
振り返った直也は、不機嫌そうな声で対応する。昨日の“云い争い”が、未だ心に残っていたからだ。
しかし、佳代の方は遺恨などない。自分の悩み以外は、あまり執着しない性格からだ。